2016/07/17

欧州⑩フランス フォントワ線オーダン・ル・ティッシュ大鉄橋 領土争いの果てに

  • 兵どもが夢の跡
今回はルクセンブルグとの国境にあるフランスの鉱山の町、フォントワ線オーダン・ル・ティッシュのループ線をご紹介します。ここは過去500年にわたってドイツとフランスが領土を争ったロレーヌ地方、ドイツ名でロートリンゲンと言われた地域です。

超大雑把に言うと、もともとドイツ系の住民が住んでいたのですが、1600年代にフランスが占領し、1700年代前半は神聖ローマ帝国が奪還してドイツ領となったところを、1700年代後半から1800年代前半まで再びフランスが支配、1870年から第一次大戦までビスマルク率いるプロイセン領、第一次大戦後から第二次大戦までの戦間期はフランス領、第二次大戦中はナチスドイツ領、戦後またフランス領という経緯をたどっています。歴史についてはこちらが詳しいです。

灰色の部分は鉱山地帯
オーダン・ル・ティッシュのティッシュとはドイツ語のことで、直訳すると「ドイツ語のオーダンの町」という意味になります。

この町から20㎞ほど南にオーダン・ル・ロマンという町がありますがこちらは「ロマンス語(=フランス語)のオーダンの町」という意味で、ちょうどこの二つのオーダンの町の間にドイツ系住民とフランス系住民の境があったことが分かります。オーダン・ル・ロマンの方は戦争中以外は一貫してフランス領でした。

この地方で話されるドイツ語は標準ドイツ語とはかなり異なり、ドイツ領だった時期も普通のドイツ人とは一体感を持ちづらかったようですが、さりとてパリのフランス政府のいうことを聞くのもいやだ、というなかなか難しい地域感情があるようです。

ここまで帰属が揺れ動くと、住民も自分がドイツ人なのかフランス人なのかよく分からなくなってしまうようです。実際、第一次大戦直後にはアルザス・ロレーヌ共和国として独立を宣言しましたが、これはあっさりフランス軍に鎮圧されてしまいました。

長々と歴史の話を書いたのは、ループ線の成立と実は密接に関わっているからでして、このループ線のあるフォントワ線が完成した1904年はこの地方はドイツ領の時代でした。ドイツ帝国鉄道直轄のエルザス・ロートリンゲン鉄道が鉄鉱石輸送用に鉄道を開設しています。

  • 世界でも珍しいデルタ分岐付きループ線

フォントワ線はルクセンブルグ・フランス・旧ドイツ領にまたがる鉱山を目指して南側から建設されていきました。フォントワ線のすぐ西側のフランス領内にも平行してフランス国鉄のヴィルリュプト線がありますが、これは独仏がお互いの領土を通らないで鉱山に直結しようと競って線路を引いた名残です。
点線が旧国境。ひげのついた線は工場の引き込み線です
リュムランジュ・ブランジュ間の路線だけは第二次大戦後の開業

おかげでたかだか30km四方の狭い範囲に鉄道が乱立しました。20世紀後半の鉄鋼不況のあおりでほとんどが廃止になっていて、今ではこの地域一帯は廃線跡パラダイスと化しています。

フォントワ線のループ線は大きな弧を描いて町を一周し、オーダン・ル・ティッシュ大鉄橋で自線をオーバークロスしてドイツ本国方面へと向かっていました。どちらかというとループ線に沿って後から町ができた感じです。ループ線の内側は大きな積み出しヤードだったようです。

ループ線は全長5km高低差50mで勾配は10‰です。鉱山列車は一般的には下りが積載車、上りが空車となる場合が多いのですが、ここでは鉱石を満載した状態で坂を上ることになるため、超重量輸送を考慮して緩勾配で作られています。

こういうところはさすがドイツ製という感じがしますが、実際は細長いドイツ領内だけを通り、できるだけゆるい勾配でドイツ本国方面へ向かう苦心のルート選定の結果、大鉄橋を使ったループ線になったものと思われます。



フォントワ線の配線図
オーダン・ル・ティッシュ駅の規模の大きさに注目
ルクセンブルク側からみたオーダン・ル・ティッシュ大鉄橋

また、フランス領のユシニー・ゴドブランジュまでを結んでいたレダンジュ線がループ線内で分岐していたのも大きな特徴です。分岐のあるループ線は日本では四国にありますが、実は世界的にもかなり珍しいものです。しかもここは三角線になっていました。

レダンジュ線は、当初旧ドイツ領内のルダンジュ鉱山までの路線でしたが、第一次大戦中の1917年にドイツ軍がこの一帯を占領した時にユシニー・ゴドブランジュまで列車が直通しています。

フォントワ線もレダンジュ線もまとめて第一次大戦後にフランス国鉄に編入されています。しかし、そうなると今度は線路が多すぎることになってしまいますが、元からフランス国鉄のヴィルリュプト線の方が先に廃止されています。(ユシニーゴドブランジュ~ヴィルリュプト・ミシュヴィル間1978年廃止、ヴィルリュプト・ミシュヴィル~ティエルスレ間1983年廃止)

  • 再び列車が走るかもしれない

フォントワ線は1999年にオーダン・ル・ティッシュ~フォントワ間の旅客営業が廃止されました。貨物輸送はその後もしばらく続いたようですが、今はそれも廃止されています。

現在はループ線の全線を乗ることはできなくなってしまっていますが、近年廃止区間のフォントワ線沿線の町が国境を越えてルクセンブルグに通う人たちのベッドタウンとなってきており、じわじわと発展しています。

沿線の道路が貧弱なこともあって通勤鉄道路線として根強く復活運動がなされており、2007年には行政裁判所が廃線の構造物の撤去を保留するよう採決したという記事がありました。

現在もエルゼ・シュル・アルゼット~オーダン・ル・ティッシュ間の一駅間だけを1日33往復、終日にわたっておよそ30分間隔で列車が走っており(ただし休日は全便運休)、ルクセンブルグ側からオーダン・ル・ティッシュ大鉄橋をくぐることは比較的容易です。「欧州ローカル列車の旅」さんのサイトに実際に乗られた時の様子がアップされています。現地の様子がよく分かります。→こちら


オーダン・ル・ティッシュの街並みと大鉄橋
右端にホームが見えます
左側の駐車場から森にかけてすべて線路でした
現地の方の鉄道ファンサイトThe Railways in and around Luxembourgさん
からお借りしました。→こちら


これは貴重な現役時代の写真です。
フランス側から見た風景。2000年の撮影だそうです。
よく見ると橋脚は複線分あります
複線化するつもりだったんですね

オーダン・ル・ティッシュ駅はルクセンブルグ方面にしか列車はありませんし、フランス領土内を走るのはほんの1km程度ですが、いまだにフランス国鉄SNCFの管理になっているのは、ひょっとすると将来のフォントワ方面への旅客列車復活の布石なのではないかと期待してしまいます。これまでにご紹介した廃止ループ線の中ではかなり復活の見込みの強い方だと思います。

ヨーロッパの鉄道は多かれ少なかれ戦争の影響を受けているもんですが、フォントワ線の歴史は戦争の歴史そのものでもあります。

今また難民問題などで揺れるヨーロッパですが、平和な町の庶民の足としてループ線が復活するといいのですが。




次回は東欧、スロヴァキアのテルガルトループをご紹介します。


2016/07/11

欧州⑨フランス タレンテーズ線ムーティエループ TGVも豪快にループするスノーリゾート線

  • フレンチアルプスへの回廊
今回からしばらく、まちなかのループ線をシリーズでご紹介します。

ループ線は一般的に人里離れた山の中にありがちです。中には雲への列車 Tren a la Nuebesのように、一番近くの町まで100km以上という場所にあるものも珍しくありません。一方で人々の暮らす街のすぐそばにループ線がある場合もあります。今回からしばらくそのような町のそばにあるまちなかループ線を紹介していきたいと思います。

まちなかループ線はヨーロッパに多いので、しばらくヨーロッパ中心の紹介になりますが、いろいろ面白い町とループ線が出てきますのでご期待ください。

さて、今回はフランスの南、スイスとの国境近くを走るタランテーズ線のムーティエ・ループをご紹介します。

ここはモンブランの麓の世界的に有名なスノーリゾートで、一帯にはたくさんスキー場があります。

1992年に冬季オリンピックが開かれたアルベールビルはモンブランへの入り口にあたります。志賀高原に対する湯田中と言ったところでしょうか。

タランテーズ線はアルベールビルでスィッチバックしてイゼール川の谷間に入り、ムーティエを通ってブールサンモーリスまでを結ぶ80kmの路線です。アルベールビルからの60kmで標高差470mを登ります。

イゼール川は比較的広い谷間をゆったり流れるのですが、ムーティエの町の前後10kmほどの間だけ2000m級の山塊にはさまれた峡谷となっています。

ムーティエの町は人口4000人ほどの静かな田舎町ですが、冬の間は付近にたくさんあるスキー場への入り口としてヨーロッパ各地から人が集まって賑わうそうです。


タランテーズ線は山とイゼール川に挟まれたムーティエ駅をすぎるとそのままループ線に突入します。

3本のトンネルでループ線を一回りして標高を稼ぎ、またイゼール川沿いに北上していきます。ムーティエ駅を出るとすぐにループ線で、町から15分も歩けばループ線のそばに行けます。


ループ線区間の開通は1913年、全長3.7km、標高差70m≒18.5‰のコンパクトな形状です。交差するところがトンネル内にある典型的な渓谷型ブラインドループ線です。


  • とりあえず冬に列車が多いのは分かった

ムーティエ・ループの特色はなんといってもTGV・タリス・ユーロスターという高速特急列車が通過していくことです。TGVは年間を通じて毎週末運転、ユーロスターとタリスはスキーシーズンの週末運転です。スキーシーズンにはロンドンアムステルダム、ブリュッセルなどヨーロッパ各地から直通列車が走ります。

ループ線の手前ラ・バティ付近を走るタリス
こちらからお借りしました
季節と曜日によって運転本数は激しく増減するのですが、最も運転本数の少ない日でもシャンベリーとブールサンモーリス間のローカル列車が7往復14本走っています。スキーシーズンのピークには15往復30本ほどの列車が運転されるようです。

この区間の時刻表がものすごく分かりづらくて、正確な本数が拾いきれませんでした。曜日指定運転と曜日指定運休がある上に、平行して走るバスの時刻も一緒に書いてあったりして、さすがにギブアップです。

こちらはムーティエ駅のユーロスター
なお、ループ線区間を含むムーティエ以北は最高速度80kmとなっていて、TGVも高速性能を持て余しながらのんびり走ります。

  • 全部雪のせい?
これだけ列車が走っていて人目に付きやすいムーティエループですが、不思議なことにループ線の情報がWEB上にほとんど見当たりません。フランスの鉄道路線は現地の鉄道ファンのブログなどから何かしら情報が拾えるものなのですが、ここは勾配すらはっきり分かりません。

ループ線の大部分がトンネル内で見通しが効かないのも理由の一つでしょうが、スノーリゾートとループ線という組み合わせ自体あまり相性がよくないのかもしれません。

ムーティエ駅
正式にはムーティエ・サラン・ブリード・リ・バン駅という長い名前です

とは言え、フランスが世界に誇るTGVがループ線を走るのですから、もう少し注目されてもいいのではないかと。個人的には山形新幹線が旧赤岩駅でスィッチバックするぐらいのインパクトがあると思うのですが…。(かろうじて前面展望の動画がありました→こちら。見事に視界が効かないのが分かります)

パリから4時間半、ロンドンから8時間、ジュネーブからバスで1時間ですので何かのついでに一度寄ってみたいと思っていますが、なかなか機会がありませんね。





次回はフランスからもう一か所。ロレーヌ地方のオーダン・ル・ティッシュにあるまちなかループ線をご紹介します。

2016/06/27

欧州⑧シチリア島ラグーザ・ループ ループ線以外の圧倒的な見所

  • 火山とともに暮らす島
ニュージーランドから始めた世界の島にあるループ線を紹介するシリーズ、今回はその最終回、イタリア・シチリア島のラグーザ・ループです。

シチリア島はイタリアの南端、長靴のつま先の部分にある三角形の島です。温暖な気候と肥沃な土地に恵まれて農産物がよく取れ、紀元前からの長い歴史を誇ります。また島の一帯は火山地帯で島の東側のやや北よりにあるエトナ火山はヨーロッパ随一の活火山です。現在でもほとんど常に噴火しているとのことです。日本風の公衆浴場とまでは行きませんが、ホテルには温泉スパが付随しているところもあります。火山とくれば温泉がセットの日本人的には面白そうです。

シラクサ・カニカッティ線
ジェーラ以西はバス代行になっていて列車は走っていません

2018年4月現在は列車が復活しています
このエトナ火山がシチリア島に肥沃な土壌をもたらし、島ではブドウやオリーブなどが古来から栽培されていました。また、硫黄や岩塩といった火山由来の鉱石も産出しており、これもシチリア島の重要な産業の一つです。まさに恵みの山です。

とは言っても火山ですので、過去には大噴火を起こして町を全滅させたり、地震を引き起こしたりと自然災害もそれなりにあったのがシチリア島の特色です。面積は九州よりも一回り小さく、人口は500万人です。

シチリア島は標高3300mのエトナ山のまわりに標高400mほどの丘陵地帯が広がる地形ですが、ところどころ非常に深い谷があります。これは古い噴火の際にできた溶岩台地が風雨に侵食されたものかと思いますが、確証は見つかりませんでした。なだらかな丘陵地帯に突如数百メートルの深さの谷が出現し、谷の向こうにまたもとと同じぐらいの標高の丘陵地帯という鉄道泣かせの地形が随所に出現します。

  • バロック建築のまちなみから線路を見下ろす
シチリア島では1863年にローマに面した港町パレルモと東海岸の中心都市カターニアの間で鉄道営業が始まっています。

この地図は上下が逆で上が南(カニカッティ方面)、
下が北(モディカ・シラクサ方面)。上に向かって上り坂です
今回ご紹介するラグーザ・ループは、島の南端部を結ぶシラクサ・カニカッティ線のモディカ駅~ラグーザ駅間にあり、1893年の開通です。シラクサ・カニカッティ線はこれでも島内の路線としては開業が遅い方で、おおむね1900年初頭までには現在の島内の路線網が形成されています。

島内の路線は大半がイタリア国鉄トレニタリアの運営する標準軌の路線です。950mmのイタリアンナローゲージの路線もかつてありましたが、1960年代までにほとんど廃止になり、現在は私鉄のエトナ山周遊鉄道だけが生き残っています。

さて、このラグーザ・ループは、ループ線で町の下をくぐるという極めて特徴的な線形になっています。

そもそもこのラグーザの町自体が深い谷に面した崖の上にあるのが原因なのですが、ループ線を上ったところが町というのはなかなかインパクトがあります。

このループ線の建設にあたってゴッタルドバーンのワッセンを参考にしたそうですが、イギリス人の技師責任者は計算が間違っていたら自決する覚悟だったそうです。ループ区間の勾配は30‰です。


ラグーザの町は駅のある高台のラグーザスペリオール地区と崖の上に飛び出した離れ小島のようなラグーザイブラ地区に分かれています。線路は街はずれの丘を一周して高度を下げ、スペリオール地区の端の地下をくぐってイブラ地区の崖下に出ます。

ラグーザイブラ駅。イブラ地区は左の崖の上です。
このイブラ地区は見た目の危なっかしさと裏腹に、17世紀にこの地域を大きな地震が襲った際、比較的被害が少なかったそうです。

そのためスペリオール地区よりも古い建物がたくさん残っており、中世の雰囲気を残す町並みは世界遺産になっています。

シラクサ・カニカッティ線にはラグーザイブラ駅がありますが、世界遺産のあるイブラ地区とは崖の上下で離れており、まったく観光地要素はありません。

現在はラグーザイブラ駅は旅客扱いは廃止されています。昔の出雲大社口駅みたいなもんですが、観光客が間違って降りることはなかったようです。

  • 乗って残そうループ線
『景色は乗った後に【遠距離館】さんからお借りしました(→こちら
このレジェンド級の町並みの中を走るラグーザ・ループですが、現在では整備された道路を走るバスに対抗できず、旅客営業はまさに瀕死の状態です。

ここを通る旅客列車はだんだん減らされて、現在では1日3往復6本になってしまいました。そのうち1往復2本は早朝にモディカ~ヴィットーレを往復する通学用の区間列車で学休日運休です。実質的には1日2往復4本です。

しかもシラクサ・カニカッティ線の末端区間は既にバス代行になっており、現在はシラクサからジェーラまでしか列車で行くことができません。

廃止になったわけではなさそうですが、かなりヤバいです。せっかくの世界遺産の町並み+ループ線という世界に誇れる観光資源がこのままでは廃線になりかねません。

※上記はどうやら工事中か何かで列車が減便されていたようです。2018年4月現在は上下合わせて15本の列車が運転さており、ジェーラから先カニカッティまでの直通列車も復活していました。時刻表は→こちら 廃止になることはなさそうですね。 2018.4追記


ラグーザイブラの街並み
一応トレニタリアでもバロック列車Il Treno del Baroccoというシラクサを朝出て夜に戻ってくる観光ツアー列車をシーズン中毎週日曜日に走らせ、観光需要の取り込みを図っていますが、サルデーニャ島のトレニーノ・ヴェルデと比べるとイマイチ広報力に欠けているようです。

バロック列車の2016年の運転計画はまだ発表されていませんが、この列車でもループ線を通ることができます。沿線の見どころや博物館などを見学しながらシラクサ・カニカッティ線を往復するツアーです。※2016年も3月から10月にかけて運転されていました。詳細はこちら →http://treno-barocco.blogspot.jp/p/prenotazioni.html

いずれにしても貴重な「世界遺産の町から見下ろすループ線」は安泰とは程遠い状況です。 シチリア島はループ線以外にも盛りだくさんの見どころがあり、是非足を運んでみたいところですね。個人的にはシチリア島からローマに直通する夜行列車で列車ごと連絡船に乗るのを体験してみたいところです。




さて、世界の島にあるループ線をご紹介してきましたが、実はシチリア島にはもう一か所未成のループ線があります。これについては後日未成ループ線の中でまとめてご紹介します。

次回からはしばらくラグーザループのように「町のループ線」をご紹介していきたいと思います。ちょっとヨーロッパに偏りますが、バラエティに富んだ内容ですのでご期待いただければと思います。

まず次回はフランスの「まちなかループ線」をご紹介します。

2016/06/17

アジア⑥スリランカ デモダーラ・ループ ループ線はちょっと残念だけど…

  • 歴史と自然満載、インド洋の真珠

島にあるループ線シリーズ、ラス前はスリランカ国鉄のデモダーラ・ループDemodara Loopをご紹介します。

緑の線がMainLine
スリランカ・セイロン島はインドの東の海上にある南北約450km、東西約200km強の北海道より一回り小さい島です。

南半分は標高2000mを超える高山地帯で、海からの湿った風を受けて1年に2回雨季があります。日本の梅雨と違って短時間に集中的に降るのが特徴です。なお、セイロンとは欧米人の呼び方らしいので、ここではスリランカに統一しておきます。

スリランカは16世紀はポルトガル領、17世紀はオランダ領、18世紀から第二次世界大戦後までイギリス領でした。タイ・ミャンマーと並ぶ仏教国で、豊富な雨によって古代からいろいろな農作物が採れていました。

人口は2000万人で世界の島を人口順に並べると第7位だそうです。ちなみにトップ3はジャワ島・本州・グレートブリテン島です。

人口が多くて農業が盛んで山がちな国土で国外輸出がメイン、と鉄道輸送が威力を発揮しやすい条件が揃っており、イギリス植民地時代の1864年から鉄道輸送が始まっています。山で採れる紅茶や天然ゴムなどの農産物を港まで運ぶことを主眼に鉄道が敷設されていきました。そのため首都コロンボから南部山岳地帯の中心都市バドゥーラ間までが本線MainLineとなっています。

これは先に開通していたインドのラーメシュワラム・パーンバン海上橋
なかなかカッコいいです(天気が良ければ)

スリランカの鉄道は地域的にインドと結びつきが強かったため、インドと同じ1676㎜ゲージで建設されました。広大なインドと比べると狭い山岳地帯を走るスリランカではブロードゲージの利点を活かしきれているとは思えませんが、開通当初からインドと海上鉄道橋で直結する計画があり、実際に1940年代の初めごろまで着々と工事が進んでいました。

そのおかげで世界でも珍しいブロードゲージのループ線が作られています。1676mmゲージのループ線はこことパキスタンのカイバル峠にしかありません。



とりあえず両国間の連絡は今のところフェリー輸送に頼っていますが、2000年代になってスリランカの政情が安定すると、再びインドスリランカ鉄道橋の建設話が持ち上がってきています。

  • 眺望への過度の期待は禁物

北に向かって下り坂です。西側は高さ300mの絶壁です
さて、デモダーラ・ループは島の南の中央部の山岳地帯にあります。

本線MainLineはスリランカの山岳地帯を縦断する路線で、コロンボから山に向かって順次開業していき、1924年に最後のバダラウェラ~バドゥーラ間が開業していますが、この最後の開通区間にループ線が作られました。

尾根伝いに下ってきた線路が、山のまわりをぐるっとまわってトンネルでくぐるシンプルなループ線です。ループ線が自線をトンネルでくぐっているちょうど真上がデモダーラ駅です。

本線MainLineは全長約290kmの路線ですが、途中のパティポーラまでの230kmが上り坂で、標高1900mの峠をトンネルで越えると残りの60kmは長い下り坂になります。

ループ線のあるデモダーラはコロンボから278km標高912mですので、50kmで1000mの高低差を下るハードな連続勾配です。ループ線のあるデモダーラから先も20‰の連続勾配が続いており、終点のバトゥーラは標高650mまで下がったところにあります。ループ線の部分の勾配は22.7‰です。


ループ線の輪の中心に丘や山があるループ線はこれまでにもいくつかご紹介してきましたが(例えばオーストラリアのベサングラスパイラルとか、台湾の阿里山鉄道など)、ここデモダーラループは割と高い山を巻いてループすることと、熱帯の成育力の強い樹木に囲まれていることから、ぶっちぎりで視界が効きません。

ここを通られた方のブログを読むと「同じ方向のカーブが続くのでループ線だとかろうじて分かる」状態だそうです。コロンボから乗ってくるとループの最後のトンネルの手前でちらっとデモダーラ駅が見えるとのことです。⇒こちら

駅から山道を30分ほど歩くとループ線全体が見渡せる場所があり、そこからの写真はネット上でよく見つかりますが、残念ながら車窓からの眺めには期待できないようです。

  • 活気ある鉄路はいいものだ
スリランカでは道路事情が良くないこともあって現在でも鉄道が地域間輸送の主役です。ループ線を通る旅客列車は急行3往復、夜行1往復、キャンディからの区間列車が1往復の計5往復10本あります。首都コロンボからループ線のあるデモダーラまで約9時間30分です。

名物9連レンガ橋Nine Arch Bridgeを渡るウダラータマニケ号
3往復の急行列車のうち2往復にはウダラータ・マニケ(ウダラータの娘)号、ポディ・マニケ(小さな娘)号という愛称がついており、中国製の青い新型客車で運行されています。ウダラータはバドゥーラ周辺の地方を指す旧称だそうです。日本の旧国名みたいなもんでしょうか。

愛称のないもう一本の急行列車には展望車とビジネスクラス車が連結されていて、展望車はラジャダハニ社、ビジネスクラス車はエキスポレイル社という民間会社が運営しています。新幹線のグリーン車だけをJTBのような旅行会社が貸切っているような感じだと思いますが、設備も整っていてこれは楽しそうです。車内で本場の紅茶が飲み放題というのも魅力的です。

また、運賃は列車種別にかかわらずどのクラスの車両に乗るかで決まります。コロンボ~バドゥーラ間は3等車400LKR(スリランカルピー)≒300円、2等車600LKR≒450円、1等車1000LKR≒700円です。 ラジャダハニ社の展望客車はスナック付きで1750LKR≒1300円、エクスポレイル社のビジネスクラスは食事付で2400LKR≒1800円です。詳細はこちら(英語)

日本人的な感覚からすると金額的にはどれも手頃な値段です。2等車・3等車は予約なしで乗れますが、かなり強烈な混雑を覚悟しないといけないそうです。

スリランカではループ線の車窓はイマイチですが、鉄道の旅はいろいろ楽しそうですよね。




次回は島のループ線シリーズの最終回、イタリア・シチリア島のループ線をご紹介します。




2016/06/03

アフリカ②マダガスカル島 世界遺産を狙ってみるべき

  • 島というには大きすぎ

島のループ線シリーズ、今回はアフリカの東にあるマダガスカル島のループ線をご紹介します。

マダガスカル島は南北1200km、東西460kmの大きな島です。本州ですらすっぽり収まるという世界4位の面積を持つ巨大な島です。

マダガスカル島はアフリカの傍にありますが、島の中央部が2000m級の山岳地帯になっていて、さらにインド洋からモンスーンが吹き込むおかげで、特に島の東側で十分な降雨があります。住民の大部分はマレーポリネシア系で、言葉もマレー系の言葉が使われており、一般的なアフリカのイメージよりもむしろ東南アジアに近い雰囲気があるそうです。アフリカに一番近いアジアとも言われており、主要な農作物はなんと稲作だというから驚きです。


島のほぼ中心にある標高1300mの首都アンタナナリヴォは、赤道に近いにもかかわらず一年中過ごしやすい常春の町だそうです。

マダガスカルはかつてフランスの植民地だったため、鉄道もフランス製のメーターゲージで建設されました。植民地時代の1909年に島の東側のブリッカビル(ヴォイビナニー)から首都アンタナナリヴォまで開通しています。ブリッカビルは大きな川沿いの港町でフランス人のブリッカ氏にちなんで付けられた町の名前です。地図によっては現地語のヴォイビナニーと表記されている場合があって混乱しますが、どちらも同じ町です。

1913年にはブリッカビルの北にあるマダガスカル最大の港町トゥアマシーナまで開通しています。このトゥアマシーナも地図によっては現地語でタマターヴェと書いてある場合があります。

アフリカ大陸側ではなくインド洋側に向かって鉄道が敷かれたのは、ヨーロッパの植民地政策の影響でしょう。もしアフリカ大陸の対岸のモザンビークと同じ宗主国になっていたら、今とは違った鉄道路線図になっていた可能性が高いと思います。

  • 丘陵地帯のフルオープン一回転半ループ線

そんなマダガスカルのループ線は、海沿いから高山地帯にある首都へ向かう上り坂の途中にあります。海沿いと高山地帯の間には断崖絶壁の箇所があり、正面から上れなかったため、川の支流に沿って一旦迂回して断崖絶壁を斜めに上って行きます。
断崖を斜めに上っています
この区間の標高差は280m,勾配は20‰です(最急25‰)

衛星写真で見ると、畑と田んぼの混在した丘に見事なフルオープンのループ線が見えます。南から来て一回転半してまた南に向かうというかなり特徴的な形態です。上手に宣伝すれば世界的な鉄道名所になれるぐらいの見事な景観です。

マダガスカルの鉄道は1960年のマダガスカル独立以降はマダガスカル国鉄が運営していましたが、メンテナンス不足と老朽化で1990年ごろには存続が危ぶまれるほど荒廃していました。

そこでベルギーから資本協力を受けて2002年からマダレールという会社に民営化されました。マダガスカル政府も出資しているので正確にいうと第三セクター運営ですね。

民営化後は駅や線路に積極的にメンテナンスを入れて、ずいぶん綺麗になったそうです。関連記事はこちら。実際衛星写真で見ると、路盤がきれいに整備されているのが分かります。

旅客列車も一時絶滅しかけていましたが、現在はかなり復活してきています。ムラマンガ~トアマシーナ間は週1往復、ムラマンガ~アンビラ・レメイトソ間の区間列車が週1往復、支線へ行くムラマンガ~アンバトンドラザカ間の列車が週2往復です。

運賃はムラマンガ~トアマシーナ間で10,000Ar≒600円です。マダレールの公式ページはこちら

ところが肝心のループ線を含むアンタナナリヴォ~ムラマンガ間は、2014年に「安全性に重大な問題が生じた」とのことで旅客列車は再度運休になってしまいました。具体的に何があったのか調べてもわかりませんでしたが、これは痛いです。

  • もう一つの見どころは…

マダレールは一般の旅客列車のほかに、貸し切り列車用のミシュラン製のレールバスを保有しており、運休中の区間以外で現在でも乗ることができます。

このレールバスが実は世界の鉄道車両の中でも珍車中の珍車で、3軸ボギー台車にゴムタイヤという謎の仕様です。


はっきり言ってぶさいくですよね
車輪の騒音を防ぐ目的でゴムタイヤ製にしたのですが、車両重量を支えきれなかったため3軸ボギーにしたという、本末転倒じゃね?と突っ込みたくなる設計です。

しかもよくパンクするためにスペアタイアを積んでいるというから、なんだかいろいろ衝撃的です。

フランスで1930年代後半にぼちぼち使われていたらしいのですが、広まることなく1950年ごろには廃車になっていき、現存しているのは世界中でここだけだそうです。

くわしくはこちら


ループ線と珍レールバスの組み合わせは正直世界遺産狙えるのではないかと思えるのですが、運行されなければどうにもなりません。無事にループ線区間の運転が再開されることを祈りたいですね。

 

島のループ線シリーズも残すところあと2カ所です。
次回はスリランカ・セイロン島のループ線をご紹介します。