2017/02/24

欧州㉒レーティッシュ鉄道アルブラ線ベルギュンループ線群 4連ループの知名度は世界的

  • マニアでなくても知っている
今回は世界的に超有名なレーティッシュ鉄道のループ線群をご紹介します。

レーティッシュ鉄道と言えばベルニナ線のブルージオがオニの知名度を誇っていますが、今回のアルブラ線も負けていません。むしろ観光ルートの関係でブルージオには行けなかったけど、こちらは行ったことがあるという方も多いのではないでしょうか。ブルージオはアルブラ線から少し離れていますので、別の機会にご紹介します。

レーティッシュ鉄道はスイス南東部、地図の右下にあたるイタリアとの境の部分に400㎞の路線網を持つメーターゲージの私鉄です。

私鉄とは言ってもスイス連邦が43%、地方自治体が51%出資している日本でいうところの第3セクター路線で、実体はほとんど公営鉄道です。

アルブラ線はレーティッシュ鉄道の本線格の路線で、標準軌のスイス国鉄が乗り入れるクールからサンモリッツまでの約100㎞を結んでいます。急峻な地形をラック式ではなく通常の粘着式で建設し、難工事の末1903年に開通しました。意外と古い歴史があります。ベルニナ線とともに世界遺産に指定されている超有名な観光路線ですが、実はどちらもローカル列車が頻発しており、地域交通の中でも重要な役割を担っています。

戦後何度か旅客減で経営危機に陥いってますが、有名な氷河特急Gracier Expressの設定による観光需要の取り込みで盛り返しに成功しています。私見になりますが、粘着式だからこそ存続できたという側面があったと思います。

  • バラエティ豊かな4連ループ
アルブラ線のフィリスールとサンモリッツの間にあるアルブラ峠は、20㎞で700mの標高差を上下する難所でした。峠の北側のフィリスール方向はベルギーのロッテルダムが河口のライン川流域、峠の南側のサンモリッツ方向はルーマニアに河口のあるドナウ川流域です。アルブラ峠はこの2大河川の分水嶺となっています。

このうちフィリスール・プレダ間は、ループ線が4つ連続するループ線マニアにとってもハイライト区間です。ここではループ線はトンネルの名前で呼ばれており、下のフィリスール駅側から順にグライフェンシュタイン、ゴット、ルークヌックス、トウア・ツォンドラとなっています。

ルークヌクスループトンネル。こちらからお借りしました。
フィリスール駅を出てすぐのグライフェンシュタイン・ループトンネルは普通のループトンネルで、ベルギュン駅の先にあるゴット・ループトンネルはダブルヘアピンの一部が重なっている形状のループ線です。

ムオト信号場の先にあるルークヌックス・ループトンネルもマニア的にはそれほど変わったところのないループトンネルです。

最上部にあるトウアトンネルとツォンドラトンネルからなる8の字ループがやはりここの見どころでしょう。

なんとかして高低差を克服しようとした苦心の跡を見ることができます。世界のループ線の線形の中でも傑作の部類に入ると思います。二つのループ線をヘアピンカーブで結んでいる相当珍しい形の二重ループです。ここだけで標高差120mを稼いでいます。

トウアトンネルから見た風景です。超有名なアングルですね。

フィリスール駅から4つのループ線を越えてプレダ駅までずっと35‰勾配が続き、最小曲線半径は100mとハードな山岳路線で、この二駅間の片道30分間で4カ所のループ線を通ります。ゴッタルドバーンに並ぶ世界一のループ線密集度です。

普通のループ線、ダブルヘアピン、8の字二重ループと形状のバラエティに富み、さながらループ線の見本市の様を呈しています。3種類の形状のループ線を連続一乗車で体験できるのはこことゴッダルドバーンだけです(中国の成昆線でも一昼夜かかりますが、一応一乗車で体験することができます)。

  • 楽しみ方いろいろ、観光特急だけじゃない

アルブラ線を通過する旅客列車には、氷河特急、ベルニナ特急Vernina Expressの直通列車、ローカル列車の3種類があります。

氷河特急はサンモリッツからマッターホルンゴッダルド鉄道に乗り入れてツェルマットまで走っており、冬季1日1往復、夏季3往復です。

ランドヴァッサー橋を渡る氷河特急。ランドヴァッサー橋はフィリスールのすぐ先です。
これもめちゃくちゃ有名なアングルです。
ベルニナ特急はイタリアのティラノからベルニナ線~サンモリッツ~アルブラ線~クールまたはダボスというルートで走っています。

ベルニナ特急にはサンモリッツ止まりでアルブラ線に乗り入れない列車もあります。アルブラ線直通のベルニナ特急は夏季のみ1日2往復です。

前述のとおりここではローカル列車も8時台から22時台まで毎時1本ずつ、16往復32本あり、地域ローカル輸送にも鉄道が大活躍しています。


さらに、冬季は沿道をそりで滑り降りてくるアトラクションが毎年開設されており、そのための臨時のシャトル列車がベルギュン~プレダ間で運転されています。

このアトラクションはファミリー向けののんびりしたものかと思いきや、滑ってる人同士がぶつかったりスピードの出しすぎでコースアウトしたりで毎シーズンけが人の出るかなりスパルタンなものらしいです。ループ線とは直接関係ありませんが、これは楽しそうです。

このシャトル列車は1日最大13本(時期と曜日によって変動あり)、フル運転する日はほぼ終日30分間隔の運転になります。日没後もナイタースキーの要領で滑ることができるそうです。昼間は混雑で思うように滑れない場合もあるけど夜は空いていておススメ、そのかわりコースアウトすると最悪凍死する危険性もある、とか怖いことが書いてあります。

なお、このシャトル列車は上り方向のプレダ行きのみ営業運転で、下り方向のベルギュン行きは回送列車になります。下りはそりで滑ってこいということですね。スキー場のリフトがわりに電車を使うというなんとも大胆な取り組みです。レーティッシュ鉄道のHPは→こちら

観光用の展望特急で優雅に行くか、ローカル列車でじっくり行くか、シャトル列車&そりでアクティブに行くか。

知名度抜群のアルブラ線ループ線群は多様な楽しみ方ができます。



次回は韓国の連続ループをご紹介します。

2017/02/11

中国⑩黔桂線 京寨ループ&苦李井ループ 龍の回り道と呼ばれたループ線


  • 黔桂線と日本の隠れた因縁

連続ループシリーズ、今回は中国南西部、貴陽から広州方面へ向かう黔桂線のループ線をご紹介します。

黔桂線の「黔」は貴州省のことで、けんけい線と読みます。知らないと読むのにも一苦労ですが、日本で「越」と書いてあれば福井県から新潟県にかけての日本海側かな、となんとなく思い浮かぶのと同じなんでしょうね。なお、「桂」は桂林の「桂」かと思いきや、この桂の字一つで広西チワン族自治区一帯を表すようです。実際黔桂線は厳密には桂林の手前の柳州までで、その先は国境を越えてベトナムと連絡する湘桂線の一部になります。

赤字が付け替え新線。青字が旧線

中国で八縦八横と呼ばれる重要幹線の一つで、海岸沿いの香港・深セン・広州から内陸工業都市の貴州・重慶・成都方面を結んでいます。おおむね海岸から離れるに従って標高が高くなり、柳州から貴陽までは比較的短く見えても全長600kmあります。

黔桂線は南側から建設が進み、柳州~河地(金城江)間は1941年、河地(金城江)~独山間は1943年に開通しています。

時まさに日中戦争の真っ最中で独山には飛行場が作られ、連合軍がインドから中国国民党政府に援助物資を輸送する有名な援蒋ルートの一つとなりました。つまり黔桂線はもとはバリバリの軍事路線だったことになります。

何かと日本とは因縁のある地域を走る黔桂線ですが、全線開通は中華人民共和国成立後の1959年で、意外と新しい路線です。これは1944年に途中の都匀(ドウユン)まで一旦開通していたところ、日本軍が柳州地方を占領した際に、接収利用されるのをおそれた国民党政府が線路を破壊したためでした。日本軍が戦闘で壊したとする資料がちらほら見られますが、日本軍は貴州方面まで侵攻していないのでおそらく国民党政府の焦土作戦の一つで破壊されたのが正しいと思います。

  • 険しからずとも鉄道には厳しい

さて、黔桂線のループ線は黔南苗族自治州の中心都市都匀の前後に一つずつあります。このあたり一帯は大きな山脈はないのですが、細かい起伏が延々続く丘陵地帯です。丘陵と言っても一つ一つが東京の高尾山ぐらいの大きさがありますので、鉄道には厳しい地形です。

黔桂線は勾配と曲線で一つ一つ小山をクリアしていました。龍が登るようにくねった線路の様子から、龍の回り道「回龍道」といういかにも中国的なニックネームがついており、中国の鉄道ファンには有名です。

南側のループは途中にある駅名から京寨(ジンジャイ)ループと呼ばれていました。最大勾配29‰、最小曲線半径160mと中国の幹線の中ではかなりハードな部類のループ線です。

ループ線の下り側(都匀側)でシングルヘアピンで高度を稼いでいるのが形状的な特徴点です。先に書いた通りこの区間は戦争中の1944年に一旦開通していました。


京寨ループは現役時代の写真が見つかりました

北側のループ線は苦李井(クーリージン)ループと呼ばれています。こちらは戦後に新たに建設された区間で勾配20‰、曲線半径400m、高低差は60mと、京寨ループよりも少しだけ高規格です。


中国のループ線図はだいたい精密ですが、この図だけえらいアバウトですね
 ソラマメのような形をしたなんとも愛嬌のある形のループ線ですが、輪の大きさが3.6kmあり、ブルガリアのシェストルカータには及びませんがなかなかの大輪のループ線でした。二つのループ線の距離は都匀の町を挟んで約70kmです。

京寨ループは北に向かって下り坂、苦李井ループは北に向かって上り坂です。つまり都匀の町は周辺から見て窪んだ盆地にあることになります。実際この地域一帯の地形は大変複雑で、京寨ループより南はマカオの近くに河口のある珠江の流域、都匀の町の前後は長江の支流清水江(=沅江)の流域です。

また、苦李井ループ以北も同じく長江流域ですが、沅江よりも500kmも北の重慶の近くで本流から分かれる烏江の流域となっています。この地域ではちょっとした丘陵が分水嶺になっていたり、同じ谷の北と南で流域が違っていたり川の流れがこんがらがってめまいがしてきます。水域界マニアとか分水嶺マニアの方にはなかなか面白い地域だと思います。


  • 後進に道を譲って引退

黔桂線は山と川が織りなす景色のいい路線として中国の鉄道マニアには知られた存在でしたが、さすがに非電化・単線・カーブと勾配盛りだくさんの戦前規格そのままでは輸送力的に厳しくなり、2010年に全区間が160km対応の電化新線に付替えられ、旧線は廃止されました。廃線跡は「老黔桂」と言われています。

苦李井ループの現状。廃線愛好家にはいい雰囲気かもしれません
現在、旧線は線路もはがされて道路に転用されています。黔桂線旧線の現状を映した動画を二本見つけました。こちら →「追忆老黔桂铁路」(1:40あたりから苦李井ループが映ります)とこちら →「重走老黔桂线」。どちらも同じ方が作成された動画ですが、ドローン撮影を織り交ぜた無駄にハイクオリティな出来栄えには驚きます。

この黔桂線の新線、二点ほどとても中国的だなと思う点があります。

ひとつは、新線建設にあたって旧線ルートを完全に放棄したこと。

このあたりは比較的人口密度の高い地域ですが、新線に切り替わったせいで駅が遠くなり、列車が使えなくなった町や村がたくさん発生しました。新線は駅数も減らされており、20kmぐらいの移転は当たり前という状況です。地域住民の方はさぞ不便だと思うのですが、そもそも旅客輸送はおまけというのが中国の国鉄の発想なのでしょう。

もうひとつは大規模な付け替え新線を作ったにもかかわらず、さらに300km対応の高速新線も作ってしまったことです。新線はわずか5年の主役期間でした。この高速新線は、4時間かかっていた貴陽都匀間を40分、一昼夜かかっていた貴陽広州間を5時間で結んでしまうすぐれもので、2015年12月に開業したばかりです。高速新線は旅客列車専用で、貨物列車は引き続き付け替え新線を走っています。

まあ付け替え新線が廃止にならなかっただけましというものでしょうか。現在でも付け替え新線経由の旅客列車が9往復走っています。高速新線の方は13往復です。







  • おまけ~老黔桂回龍道と言えばコレ

このアングルの写真がたくさん見つかります
黔桂線のループ線と言えば上記の二つ以外に拉易ループ(中国語で拉易展線)というのが良く出てきます。これは京寨ループよりもさらに180kmほど南にあったシングルヘアピンカーブのことです。

残念ながら路線が自線と立体交差していないので当ブログではループ線に入れていませんが、あまりにも有名なのでご紹介しておきます。

高度を稼ぐためだけに細い谷の両側を寄り道しているという、釜石線の陸中大橋を大規模にした感じの路線です。

古くから鉄道写真の撮影名所だったようで、老黔桂の写真を探すとかなりの確率で見つかります。

ここも上記のループ線と同時に新線に付替えられて廃線となっています。




当ブログの記事のアクセス数ベスト3はずっと1位ゴッダルドバーン、2位樺太の宝台ループ、3位成昆線で安定していたのですが、世界一高い道路橋が北盤江に完成してから水柏線のアクセスが激増し、ついに3位を逆転しました。

ほとんどが道路橋完成のニュースから検索してきたループ線に興味のない方だと思いますが、マイナーだった水柏線が脚光を浴びてちょっとうれしいです。なお5位は台湾の阿里山森林鉄道です。あと前回ご紹介したブルガリアのシプカ峠がなぜか怒涛のアクセスを稼いでいます。

次回は有名どころでスイスの連続ループ線をご紹介します。