2016/03/11

アジア③パキスタン・カイバル峠鉄道 復活せよ!危険地帯のループ線

  • 越えられなかった国境

今回はパキスタンとアフガニスタンの国境を走るカイバル峠のループ線をご紹介します。

カイバル峠はヨーロッパと南アジアを結ぶ通過点としてたびたび歴史に登場します。

そんな歴史のある峠道に鉄道を引いたのは植民地時代のイギリスでした。20世紀初頭に英領インドとアフガニスタン間を結ぶべくカイバル峠鉄道の建設に取り掛かっています。当時アフガニスタンはロシアと取り合った末にイギリスの保護国となっており、パキスタンはまだ英領インド帝国の一部でした。

とりあえず英領インド帝国側で先に工事が進み、1926年にペシャワールから国境の町トルクハムのランディカーナ駅まで完成しました。

国境を越えてアフガニスタンのカブールまたはジャララバードまで鉄道が通じていたかのように書いている資料もありますが、調べてみたところどうやら「アフガニスタン側に列車が走ったことはない」のが正解のようです。

ジャララバードまでのアフガニスタン側の工事もだいぶ進んでいたらしく、Google航空写真で線路跡らしいものが道路脇にちらほら映っています。本当に線路を敷く寸前まで完成していたようですが、結局線路がつながることはありませんでした。現在は未完成線路の跡の大部分がアジアハイウェイ1号線という高速道路になっています。

  • 世界一危険なループ線
さて、そんなカイバル峠鉄道のループ線ですが、二つの点で世界でも希少な存在となっています。

一つは1676mmゲージの超広軌ループ線であること。

もともと広軌(ブロードゲージ)はカーブに弱く、山岳路線には不向きなため、世界中見ても広軌のループ線はここと1668mmゲージのスペイン2か所と1520mmゲージのロシア1ヵ所でしか見られません。その中でも最も広いゲージのループ線です。(※訂正  スリランカのループ線も1676mmゲージでした。また、一般的にゲージの広さとカーブの大小は直接関係なく、カーブに弱いとの表現は不正確でした。O-銛様ご指摘ありがとうございます。2016/3/12追記)


もう一つは外務省の危険情報レベル4「退避勧告区域」内にあるループ線であること。

この一帯には古来パシュトゥン人というイスラム教徒の遊牧民が住んでいましたが、イギリスが適当に国境を引いたのが原因で、居住地域が英領インドとアフガニスタンの二つの国に分かれてしまいました。

第二次大戦後、英領インドが独立してパキスタンができた際に、パシュトゥン人居住地域を分離独立する動きもありましたが、結局パキスタン政府が大幅な自治権を認める代わりにパキスタン領に留まっています。

このような経緯から、現在でもパキスタン憲法に「パキスタン議会はこの地域に立法権限が及ばない」と明記してあるというから恐ろしいです。パキスタンの法律はここでは通用しませんよと言っているわけですので、ほとんど実態は独立国ですね。現在では連邦直轄部族地域(トライバルエリア)と呼ばれています。なお、政府が認めた自治権の中に「カイバル峠鉄道にタダで乗る権利」というものもあったそうです。

それだけならパシュトゥン人の自治独立国家みたいなもんなので、おとなしくしていれば旅行者に危害が及ぶことはなかったようですが、2000年代に入り政情不安定になったアフガニスタンから、パシュトゥン人が主体のタリバンの面々がこの地域に逃げ込んできて一気にきな臭くなりました。

おかげでこの地域にはイスラム過激派の巣窟という有難くないニックネームが付いてしまい、日本人の渡航禁止と退避勧告が出てその状態が現在まで続いています。


  • スィッチバック付きループ線か、ループ線付きスィッチバックか

そんな行くに行けないカイバル峠の鉄道ですが、スィッチバック2回を組み合わせた3段ループという、相当大規模で珍しい線形になっており、ループ線マニアとしては見逃せません。

地図で見るとクェスチョンマークが3つ並んでいるように見えます。どちらかというとスィッチバックの方に目が行ってしまいますが、第2スィッチバックの手前で自分自身と交差しており、当ブログでの分類上は立派なループ線です。

ここは全長約10kmで400mの高度差を稼ぐ40‰勾配で、世界でも有数の急勾配路線です。第1スィッチバックと第2スィッチバックは地図上では近接していますが、100m近い高低差があります。

カイバル峠鉄道はこの急勾配を列車の両端に機関車を繋げるプッシュプル運転で越えていました。スィッチバックによる逆転時間を短縮するためでしょう。広軌は山岳鉄道に不向き、と書きましたが、機関車を大型にできる分単純な勾配には強かったようですね。

  • この地に再び汽笛の響かんことを

第1スィッチバック
手前の坂は逸走防止の安全側線
カイバル峠鉄道の一般旅客輸送は1980年代に赤字のため廃止されましたが、以降もパキスタン国鉄は「カイバル・トレイン・サファリ」という民間会社チャーターのSL観光列車を月に1回程度走らせていました。珍しい広軌用蒸気機関車と雄大なループ線からの景色で結構な人気でしたが、洪水に弱く、しばしば運休していました。

残念ながら2008年ごろの洪水で鉄橋が流失して現在も運休中です。この地域は基本的に少雨なのですが、上流の山岳地帯で降った雨がすぐ鉄砲水となって洪水を起こすのでしょう。

しかも前述のとおり、パキスタン国内であってパキスタン国内でないところを走る路線ですのでパキスタン国鉄も思うように復旧工事ができないようです。

既に列車が走らなくなって10年になろうとしていますが、雄大なループとスィッチバックを越えて再び列車が走れることを願うばかりです。




次回は大規模ループ線シリーズの最終回、台湾の阿里山鉄道をご紹介します。



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