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2016/05/14

北米②カナダ・ニューファンドランド島 池のまわりの廃止ループ線

  • 独立国のプライド

今回はカナダの東の端、ニューファンドランド島のループ線をご紹介します。

ニューファンドランド島は大西洋に面した東西約450km、南北約560kmの北海道よりも一回り大きい島です。日本の一般的な世界地図では右端にちょろっと描かれていて、北米大陸にまぎれて相対的に小さく感じますが、実は北海道の1.3倍もあるかなり大きな島です。高い山がないため強い海風が吹き、沖合を流れる寒流の影響で冬は厳寒、夏は濃霧という住むには厳しい気候です。

そんなニューファンドランド島ですが、沿海に世界有数の漁場があったため、古くからヨーロッパ人の入植が進みました。島で一番大きなセントジョンズの町がカナダ側ではなく、大西洋側にあるのはその名残です。

18世紀までの間はイギリスとフランスで領土争奪戦が繰り広げられましたが、1713年に最終的にイギリス領に落ち着きました。

時代は進んで20世紀に入ると、カナダが自治領としてイギリスから独立する際にニューファンドランドを併合しようとする動きがありました。

ニューファンドランドは住民投票の結果これを拒否して、独自の自治領となる道を選び、カナダとは別の独立国を目指したのでした。

こうしてニューファンドランドは1907年に自治領(ドミニオン)となり、カナダ、オーストリラリアに続いて実質的に独立を果たします。

  • 鉄路は死なず、ただ去りゆくのみ 

鉄道も標準軌のカナダ本土とは異なる1067mmゲージで建設が進み、1898年には島内を縦断する鉄道が完成しています。島の西端カナダ本土側のポート・オ・バスクからセントジョンズまでの本線は890kmもの長さになる長大路線でした。

ところが、あらゆるところで独自路線を突き進んだニューファンドランド島ですが、当時人口は30万人弱と独立国になるには少し人口規模が足りなかったようです。鉄道建設も資金的に相当無理をしたようで、開通当初から財政負担に苦しみます。「国の財政を良くするために作った鉄道が財政を苦しめている」と言われたりしました。

廃止直前のトリニティ湾を行く混合列車
さらに追い打ちをかけたのが第一次世界大戦でした。ニューファンドランド島はイギリス側で派兵しましたが、若年人口の4分の1が戦死してしまいます。

大戦後の大恐慌を乗り越えられず、1934年、ついに実質的な独立国の地位を返上して、イギリス領の植民地に戻ることとなってしまいました。

第二次大戦後の1949年にカナダに併合されて、ニューファンドランド州となって現在に至ります。住民投票ではカナダ併合賛成50.5対反対49.5の僅差だったそうです。

このような経緯でカナダ本土とは異なる気風が残るニューファンドランド島ですが、島内の鉄道路線はカナダ併合以降はカナダ国鉄CNRが運営していました。人口は少し増えて40万人程度になりましたが、やはり支線を含めて1000kmの鉄道路線網を維持するにはまだ少なかったようです。赤字に耐え切れず1988年に島内の鉄道路線は全線廃止されました。

  • 鉄道の歴史に留められるべきと思う
さて、ループ線ですが、島の南部のショールハーバーから北に分岐するボナヴィスタ支線のトリニティ湾の近くにありました。

ボナヴィスタ支線トリニティループとトリニティ湾
点線部分は遊園地時代に増設した短絡線

ニューファンドランド島は高い山がないおおよそ平らな島ですが、島の中央部は標高数百m程度の台地になっています。この台地と海岸沿いの境目にあったのがトリニティループです。

その名もループ池(Loop Pond)という池の周りをぐるりと回る、前代未聞、空前絶後の形状のループ線でした。世界中のループ線の中で「池の周りをループ」するループ線はここにしかありません。

しかも写真を見ると交差部の高低差はどう見ても20mもありません。池の一周は2kmぐらいなので勾配は10‰あるかないかです。

他にいくらでもループ線を使わないで海岸に至るルートが選定できたと思いますが、建設費の関係からトンネルを掘るのを意地でも避けたかったのでしょう。ニューファンドランド島内には鉄道トンネルが一つもなかったそうです。

超貴重な現役時代のトリニティループ
交差部の高低差は10m程度です。こちらからお借りしました

ボナヴィスタ支線は、1911年に開業し本線よりも先に1984年に廃止されています。廃止後しばらくの間はループ線跡を含めた池のほとりが、トリニィティループ鉄道村 Trinity Loop Railway Villageという遊園地っぽい公園になっていました。

旧ループ線上をディーゼル機関車牽引の客車で走れるアトラクションもあったのですが、それも2010年のハリケーンによる土砂崩れにあって今は廃園になっています。(You Tubeに激レアな公園時代のループ線の動画がありました。→こちら

このトリニティループはかえすがえすも惜しいです。形状といい立地といい景色といい、世界中のループ線の中でも抜群の異彩を放っていました。ボナヴィスタ支線全体的に言えますが、現役時代の写真もあまり残っておらず、話題にならずにひっそりと消えて行った感じです。


遊園地時代はそれなりに賑わっていたようですが、土砂崩れ以降は放置されています。今も交差部の鉄橋がかろうじて残っていて往時を偲べるのですが、観光列車としてでも再開できないものでしょうかね。それだけの価値はあるとは思います。

なお、島内には昔の駅跡を鉄道記念館のようにしているところが何か所かあり、機関車などが保存されているそうです。また、本線跡の全長890㎞ほぼ全部がNew Foundland T'Railwayというサイクリングロードになっています。






次回は島にあるループ線の中で廃止されたものから、一部で有名な樺太の宝台ループをご紹介します。

2015/11/22

北米①キッキングホース峠 北米随一の鉄道名所

  • 大陸横断の障害
さて今回はカナダの大陸横断鉄道がロッキー山脈を越えるキッキングホース峠をご紹介します。

南北アメリカ大陸はどちらも太平洋側の山脈が大陸横断の障害となっていました。その北米側の障壁だったロッキー山脈は北アメリカ大陸南部カリフォルニア付近では砂漠の岩山が中心ですが、カナダまで来ると森と氷河の山脈になります。いわゆるカナディアンロッキーです。

人口の希薄さはどちらも似たようなもんですが、水と木がふんだんにある分気分的に落ち着きます。少なくとも南米アンデス山脈に横たわるアタカマ砂漠の無人地帯に比べると寂寥感・世紀末感はありません。それでも地形的には砂漠とは違った険しさがあり、鉄道建設の先人の苦労が見て取れます。氷河が作るU字谷は谷底は平らなのですが、どこへ行くにも絶壁を上ることになる鉄道の最も苦手な地形です。

  • カナディアンパシフィックの挑戦


カナディアンロッキー山脈の内部では基本的に川は南北方向に流れています。従って東西の大陸横断を試みようとすると何度もU字谷を上って降りることになります。それでも果敢に挑んだのがカナディアン・パシフィック鉄道、現在のカナダ・ナショナル・レイルウェイです。ナショナルと付いていますが民営会社でCNと略称します。

ちなみに昔は本当に国有でCNRと称していたのですが、1995年の民営時にそのままの名称で略号をCNとしたようです。CRと略していれば日本のJNR⇒JRと同じだったんですが、惜しいですね。

カナディアン・パシフィック鉄道がこの峠に線路を初めて開通させたのは1884年で、実は大変歴史のある鉄路です。

当時大陸横断一番乗りを目指して鉄道会社同志で建設を競っており、一刻でも早く開通させたかったことから、建設期間短縮をするためにまっすぐ坂を下る45‰の急勾配の線路で当初開業しました。

目論見どおり、カナディアンパシフィック鉄道は単独の鉄道会社として初めて北米大陸の東西を結び、開業後は東西輸送で大変賑わったようです。キッキングホース峠の急坂にはThe Big Hillといういかにもアメリカ大陸的なニックネームが付く鉄道名所となりました。

  • 新線への付け替えとループトンネル

ところが、日本で言えば明治初期のこの時代の非力な蒸気機関車に7km続く45‰の連続勾配はさすがに酷でした。 前部2両、後部2両の蒸気機関車を連結し、旅客列車は13km/h、貨物列車は10km/hの速度制限で急坂を下っていったとあります。上りよりも下りに苦労したらしいことは、設備的に下り坂の途中に3か所非常停止用待避線が作られていることからも分かります。簡単に言えば規模の大きな脱線転轍機なのですが、それでも何回か下り坂で止まれないという暴走事故を起こしてしまいました。

線路図 左に向かって下り坂
そのうち補機必須かつ厳しい速度制限のThe Big Hillは輸送需要に応えきれなくなり、1909年に新線を建設して急勾配を解消することになりました。その際にできたのがスパイラルトンネルです。

新線の建設で勾配は22‰になり、輸送力も上がりました。ダブルヘアピンの両側がループトンネルというインパクトの強い線形ができるまでには、こんな経緯があったんですね。現在、旧線の上半分は高速道路建設の際になくなったようですが、下半分は遊歩道になっているとのことです。


  • 世界でも珍しいアレが見られる
先頭の機関車がループを抜けてます
ところでこのループトンネル、上下どちらも曲線半径が175mだそうです。現代的な感覚ではもう少し曲線半径を取りたくなる急カーブですが、曲線半径を広げてトンネルが長くなるのは避けたかったのでしょう。ループのほとんどがトンネル内という構造上仕方がありません。

しかし、この急曲線ループのおかげで、ここでは世界でも珍しいものが見ることができます。それは何かと言うと「最後尾の車両がループに入る前に先頭車がループを抜ける」現象、長ったらしいですが要するに蛇のとぐろ列車が見られるということです。私の調べた限り、こことアメリカのテハチャピループだけと思われます。残念ながら確証はありません。他でもあるよ、という情報がありましたらお知らせください。

  • 旅客列車も
旅客輸送の衰退した北米の鉄道網ですが、キッキングホース峠には観光列車としてまだ旅客列車が残っています。ロッキーマウンテニア鉄道の観光列車、"First Passage to the West"号が4月~10月の間、週に2往復程度走っています。ハイシーズンは3往復に増便されます。バンクーバー発レイクルイーズ行きとバンフ行きがありますが、どちらでもキッキングホース峠を通過することができます。また逆向きのバンクーバー行でも通過することができます。



こちらのブログでもキッキングホース峠について解説されています。地形から線路を追う感覚で世界のいろいろな鉄道を紹介されているサイトです。他にあまりない視点ですが、当ブログと趣旨がかぶる部分もあり個人的に非常に尊敬しています。是非ご一読いただければと思います。

次回はオーストラリアからベサングラのループ線をご紹介します。