2016/04/24

欧州⑥イタリア・サルデーニャ島 小さくても面白いループ線

  • 歴史と文化とビーチリゾートの島

今回は地中海のサルデーニャ島のループ線2カ所をご紹介します。

サルデーニャ島は地中海に浮かぶ南北約270㎞、東西約110㎞の島です。九州から佐賀長崎のでっぱりを取ったのとほぼ同じくらいの大きさで、ビーチリゾートで有名です。超おおざっぱに言って島の左半分西側は平地で、右半分東側は標高1000mクラスの山岳地帯です。

黒線がトレニタリア線
緑が950mmゲージのARST線
サルデーニャ島は古代ローマの歴史にも登場する古い歴史を持っています。スペイン領、オーストリア領を経て19世紀初頭ごろからサルデーニャ王国の支配となり、最終的にサルデーニャ王がイタリア全土を統一してイタリア王国となりました。

ですので、場所的にはイタリアのはずれですが、イタリアの歴史にとっては重要な島でもあります。イタリア本土よりもアフリカの方に近い地理的な関係から、古代エジプトのフェニキア人の言葉やスペイン語の影響を受けた本土のイタリア語とはかなり異なるサルデーニャ語が使われているそうです。

島の中央部の山地から石炭が採れたためサルデーニャ島には早くから鉄道が引かれました。島の南端アフリカ側のカリアリから北東端イタリア本土側のオルビア間を繋ぐのがサルデーニャ島の一番の幹線です。九州の鹿児島本線みたいなものですね。1883年とかなり早い段階で全通しており、今では高速振り子気動車が走る1435mmゲージのトレニタリア(イタリア国鉄)線になっています。

それとは別にサルデーニャ鉄道という地方鉄道会社が運営する950mmゲージの狭軌鉄道も開通していきました。以前にも少し触れましたが、950mmゲージはイタリア独特の狭軌ゲージです。

現在はサルデーニャ地域交通会社(ARST)が路線バスなどと一緒に運営しています。このARSTの運営する路線は主にサルデーニャ島の山間部を結び、景色の良い路線が多数あります。そのARST線の路線にループ線が2か所あります。


  • 規模だけではないループ線の面白さ

ラヌゼイの町とループ線。アルバタクス発の列車の場合、
常に進行方向左側が谷になります
1ヵ所目は島の東側、少し南寄りにあるマンダス・アルバタクス線のループ線ピチュエクック・スパイラル Elicoidale Pitzu ‘e Cuccuです。九州で言うと高千穂のあたりになるでしょうか。1893年の開通とかなり歴史のあるループ線です。
ピチュエクック・スパイラル。こちらのページからお借りしました。

ここはラヌゼイ駅を過ぎた25‰の上り坂の途中にあるコンパクトな形状のループ線です。

ラヌゼイの町の下端を一旦通り過ぎて、また戻ってきて再度町の上端をかすめていくという面白いルートになっています。

そもそもラヌゼイの町自体が山の北斜面にへばりつくように位置しており、不思議な感じがします。

どうしてもっと山裾の平地とか、同じ斜面でも日当たりのいい南斜面に町ができなかったのかと思って調べてみると、どうやらこのラヌゼイには水量豊富な泉があったからのようです。

日差しの強い地中海では日当たりよりも水が手に入る方が重要だったのでしょうか。






もう1ヵ所は島の北東部、九州でいうと筑豊のあたりでしょうか。サルデーニャ島の中心都市の一つサッサリから東の港町パラウを結ぶサッサリ・パラウ線のボルティジャーダス・スパイラル Elicoidale Bortigiadas です。

ボルティジャーダスの1回転半ループ。右に向かって上り坂です。
こちらも25‰勾配で、ループの半分がトンネルになっています。よく見ると360度以上回っている1回転半ループです。

3回転以上の大規模ループを見てきたので少々麻痺していますが、1回転を超えるループ線は世界的にも数が少なく、その意味でかなり特徴的な面白いループ線です。こちらは1931年の開通です。

  • 観光列車が今も走る

サルデーニャ島の2カ所のループ線では1997年に一般旅客輸送が廃止されましたが、トレニーノ・ヴェルデ Trenino Verdeと呼ばれる観光列車が引き続き今でも走っています。直訳すると「緑の小さい列車」です。あまり観光列車っぽい味付けのされていない素朴な感じの単行ディーゼルカーがのんびり走っています。

マンダス・アルバタックス線セウイ駅のトレニーノ・ヴェルデ
まったく俗化していない素朴なローカル線風情です
2016年度の運行ダイヤはまだ発表されていませんが、2015年度のダイヤによるとピチュエクック・スパイラルへはアルバタックスから片道約1時間半で、シーズン中1日1往復(ただし火曜日は運休)、ボルティジャーダス・スパイラルへはサッサリから片道約3時間で、シーズン中毎週土曜日のみ1往復の運行です。

※2016年ダイヤではアルバタックス線はセウイ~アルバタックス間が運休となってしまいました。沿線で火災があったようです。サッサリ~パラウ線は週1往復運転は変わりませんが、運転日が木曜日になっています。2016/9/3追記
※2018年ダイヤが発表されました。アルバタックス線も部分開通してピチュエクックスパイラルへの列車も週に3往復復活しています。しかし、まだアルバタックス側からアクセスできません。ボルティジャーダススパイラルは7月以降の運行でまだ運転が始まっていません。詳しくは→こちら 2018/5/26追記

値段はどちらも往復で約2500円程度です。貸し切り列車ありとHPには出ていますが、具体的な内容は分かりませんでした。2011年ごろまでは貸し切りSL列車が走っていたそうですが、2016年現在はやっていないようです。

ピチュエクックへは起点のアルバタックスまでのアクセスが困難で、ボルティジャーダスへは1週間に1回しか列車がないため、1週間程度のサルデーニャ島滞在で両方のループ線を制覇するのは結構大変そうです。

まあ、世界的な保養地で分刻みの駆け足旅行をするのも無粋ですので、日程に余裕をもって乗りに行くのがよさそうですね。





次回は、残念ながらすでに廃止されているカナダ・ニューファンドランド島のループ線をご紹介します。







2016/04/18

オセアニア③ニュージーランドその2 キーワードは手作り

  • 今は人気のハイキングコースに

前回に引き続きニュージーランドのループ線を見ていきましょう。

まずは北島中央部のエリス&バーナンド・トラムウェイ Ellis & Burnand Tramway のループ線跡、オンガルエ・スパイラル(Ongarue Spiral)です。現在は廃線になっています。

ニュージーランドは森林資源と畜産資源が豊富で、その輸出が主要な産業の一つでした。そんな歴史的な背景から森林鉄道が発達しました。


現役時代のエリス&バーナンドトラムウェイ
残念ながらほとんどトラック輸送に置き換わって現代には残っていません。そのような森林鉄道の一つ、エリス&バーナンド・トラムウェイはエリス&バーナンド社という製材会社が木材の切り出し用に作った専用線でした。

なお、ここでいうTramwayには「路面電車」という意味はなく「専用軌道」ぐらいのニュアンスだと思います。少なくともこのエリス&バーナンド・トラムウェイが旅客営業を行ったという記録は見当たりませんでした。

現在のオンガルエ・スパイラル。雰囲気は良く残っています
1960年代の中ごろ廃止されて、現在はTimber Trail というハイキングコースになっています。ここをMTBで走るのが人気のようで、自転車ごと運んでくれるツアーがオークランドから出ていたりします。ニュージーランドの人はMTB好きなようですね。

写真を見る限り本線と同じ1067mmゲージだと思うのですが、なぜか現役時代の軌道のスペックがいくら調べても分かりませんでした。

鉄道としては廃線になりましたが、ループ線の跡は比較的はっきり残っており、人気のハイキングコースとして今でも人々が訪れているある意味幸せな廃ループかもしれません。


  • 鉄道趣味の究極形「作鉄」

もう一か所は同じ北島のドライビング・クリーク鉄道 Driving Creek Railway です。

オークランドの近く、湾を挟んだ向かい側のコロマンデル半島にあるドライビング・クリーク鉄道は、陶芸のための木材や粘土の積み出し用に鉄道マニアでもあった陶芸家バリー・ブリッケル氏が手作りした381mmゲージの鉄道です。路線はすべて個人所有の敷地内を走っているそうです。

どちらかというと、遊園地のアトラクションに限りなく近い存在ですが、全長6kmもあり、意外と本格的なスィッチバックで山を登って行きます。

その途中に2段橋梁の下段を通り、ぐるっと回ってきて再度上段を通過するという超絶ユニークな構造のループ線があります。また空中に突き出した桟橋でスィッチバックする点などは個人の手作りだからこそできる芸当ですね。普通の鉄道では止まれなかった場合のことを考えてこんな作りにはとてもできません。


名物空中スィッチバック。怖すぎて笑えません

1975年に開通しましたが、観光客向けに開放したのは1990年からだそうです。現在、一日4本~6本の列車が走っていて、出発駅から山頂まで行って戻ってくるコースを走ります。

ここで生産された陶芸品を買うこともでき、オークランドから近いこともあってかなりの人気観光地となっています。運賃は一乗車35NZ$≒2600円と少し高めです。




  • 最新ループ線の誕生なるか?

最後にもう一か所。

北島の南端、ウェリントンの手前にリムタカ峠という難所がありますが、1955年の全長8700mのリムタカトンネルが開通するまで使われていたキウィレールのワイパララ線の旧線跡に保存列車を走らせようという計画があります。


この保存鉄道は、旧線から大きく外れた位置に作られた新線のメイモーン駅を起点としたため、旧線の線路跡までの2kmほどを新しく線路を作って接続する計画になりました。
接続線の計画図。左上の赤線が現在線。下の赤線が旧線

その接続線のプランのうちの一つが見事なループ線となっています。メイモーン駅から旧線跡までの高低差40mを25‰以内の勾配で接続するためにいくつかの案を検討しているらしいのですが、このループ線の案も有力な候補の一つと書いてあります。

最終的にどの案に決まるかループ線マニアとしては興味津々です。もしループ線案が実現すれば世界最新となるはずです。

このリムタカ・インクライン・レイルウェイ Rimutaka Incline Railwayは、なんと鉄道マニアのおっさん達が趣味で手作りしているというから驚愕です。世界には自分で鉄道を作る趣味カテゴリがあって、ニュージーランドにもこのような手作り保存鉄道が各地にあるようです

旧線のフェル式ラックレール区間。4重連SLは大迫力です。
リムタカ・インクライン・レイルウェイは2003年からこつこつと作ってきて、やっとメイモーン駅周辺に車庫と線路が数百メートルできた段階だそうですが、全通はいつになるのでしょうか。ちなみにリムタカ旧線は全長22kmですので単純計算であと30年ぐらいはかかることになってしまいますが・・・。

なお、旧線区間には66.7‰のラックレール区間がありました。ラック式というと日本ではアプト式と同じ意味で使っていますが、ここはフェル式という少し珍しい形式でした。(ラックレール区間は77‰だったようです。2016/4/19追記)



3か所まとめて上の地図に落としてあります。拡大してそれぞれをご覧ください。
ニュージーランドはループ線のバラエティがとても豊富ですね。
次回は地中海のサルデーニャ島Trenino Verde(緑の列車)のループ線をご紹介します。

2016/04/10

オセアニア②ニュージーランドその1ラウリムスパイラル 火山に挑むループ線

  • 大自然にいだかれたループ線

さて、今回からしばらく「島にあるループ線」をご紹介していきます。

まず初回はニュージーランド北島のラウリム・スパイラルRaurimu Spiralです。

ニュージーランドは北島と南島に分かれていますが、二つ合わせると南北約1500km、東西約200kmとちょうど本州よりも少し大きいぐらいの大きさになります。

人口は南島と北島合わせて約450万人で、 日本でいうと神奈川県の人口の半分ぐらいしかありません。神奈川県民の半分が本州に散らばって住んでいると考えると、とてもゆとりのある国土だということが分かります。人間よりも羊が多いというのはあながち間違いでもなさそうです。

ご存じのとおりニュージーランドは旧イギリス領でしたが、早くから自治領として実質的に独立国となっていました。イギリスへの農畜産物、林産資源の輸出が盛んに行われ、鉄道も1860年代から順次開業していっています。

当初はいろいろな軌間が混在して建設されましたが、1870年代以降は日本と同じ1067mmゲージに集約されていきました。

現在はキウィレールというカジュアルな名称ですがれっきとした国有企業が運営しています。ニュージーランド国鉄の運営と思っておいておおむね間違いありません。

  • 駆け上れ、溶岩台地

左がオークランド方面。右に向かって上り坂です
北島のオークランドとウェリントンの二大都市を結ぶ北島本線(North Island Main Trunk)は名前のとおり北島を南北に貫通する大動脈で、1908年に全通しました。

北島を南北に縦断する場合、中央部にある標高1000mの火山高原をどこかで越えるか、海沿いを延々と迂回するかの二択なのですが、北島本線はループ線によって北島の最高峰、ルアペフ山の麓の溶岩台地を最短距離で突っ切るルートを選びました。

ラウリムスパイラルはその溶岩台地への上り口に位置しています。付近の小さな川の流れとはまったく関係ない方向に上っていく典型的な丘陵型のループ線ですが、溶岩台地にできた段差を上っていることを考えるとそれも納得です。

上の地図とは逆向きで右上がオークランド方向。左下に向かって上り坂
全長約5km、標高差200m、最急勾配は19.2‰とスペック的にはコンパクトな部類に属しますが、ラウリム・スパイラルは見かけのスペック以上に面白い線形をしているのが特徴です。

よく見てみると、ループ線の前後で何回もヘアピンターンを繰り返して高度を稼いでいます。完成当時には鉄道土木技術の傑作と言われたそうですが、確かに巧みなルート選定だなと感心します。

ニュージーランドの豊富な森林が裏目に出て、ループ線上は木々に遮られて車窓からの見通しが効かないのが多少残念ではあります。インターネット上でも車窓の写真がほとんど見当たらないところを見ると、ループ線独特の「さっき自分が走ってきた線路」が車窓から見えるところがほとんどないのかもしれません。

  • ギリギリ残る旅客列車
ニュージーランドは前述のとおり人口が少なく、都市間輸送の旅客列車はほとんど壊滅状態ですが、北島本線にはThe Northern Explorerという観光列車がかろうじて残っており、現在もラウリムスパイラルを列車に乗って通過することができます。

1週間に3往復、ウェリントン行きとオークランド行が交互に走る形になっています。

2016年4月現在、月木土はオークランド発ウェリントン行、火金日はウェリントン発オークランド行が運行されます。ウェリントン行きがループ線を登る方向、オークランド行が下る方向です。どちらも所要時間約11時間の昼行便です。公式ページはこちら

観光列車とされていますが、途中駅での乗降も可能で一般旅客列車とさほど違いはありません。



北島最高峰ルアペフ山とThe Northern Explorer号
また、The Northern Explorerの他に、民間の団体が貸切り列車を仕立てたクルーズ列車がたまに走ることがあります。

このような列車にも申し込めば乗れるようですが、年に1回とかですのでなかなか日本から乗りに行くにはタイミングが合いづらそうです(昨年走った貸切り列車の案内ページがこちら)。

とは言え、さすがにこの人口ではいつまで旅客列車が残っているか予断を許しません。実際10年ほど前までは、シーズン中毎日夜行便と昼行便の2往復走っていたのですが、現在の運転本数まで減便されています。ここも機会のあるうちに乗っておきたいところです。




さて、ニュージーランドにはラウリム・スパイラルの他に森林鉄道由来の軽便線のループ線が2か所あります。次回はその2か所を簡単にご紹介しておこうと思います。

2016/03/27

アジア④台湾・阿里山森林鉄道 山岳鉄道の魅力満載の3重スパイラル

  • ザ・グレイテスト・スパイラル・イン・フォルモサ

大規模ループ線シリーズの最終回は台湾の阿里山森林鉄道をご紹介します。

日本からも近い有名な観光路線ですので、実際に行かれたことがある方も多いと思います。

阿里山森林鉄道は日本統治時代の1908年から1914年にかけて順次開通した762mmゲージの鉄道で、台湾の豊富な森林資源の搬出用に活躍しました。

全長70kmで2000mを登るワールドクラスの標高差を持つ山岳路線です。現在は木材輸送の使命は終え、もっぱら観光鉄道として台湾林務局と台湾鉄道管理局によって運営されています。

全長約70kmの路線は大きく三つの区間に分かれます。始発駅の嘉義駅から竹崎駅までの序盤約15kmは平坦線区間、竹崎駅から奮起湖駅までの中盤30kmは今回ご紹介するループ線区間、奮起湖駅から終点の阿里山駅までの終盤25kmはスィッチバック区間です。

このうち終盤のスィッチバック区間の大部分は2009年の台風による土砂崩れの被害に遭い、2016年現在は運休中です。実は2015年夏ごろの段階で復旧工事が完了し運転再開目前だったのですが、不幸にも2015年10月の台風で再度ダメージを受け、またもや無期限運休となってしまっていました。さすがにちょっとかわいそうです。


  • 何かに似ていると思ったら

さて、阿里山森林鉄道のループ線区間は、嘉義駅から約23km、1時間ほどの距離のところにあり、付近の地名から独立山ループと呼ばれています。

ソフトクリームのように円周をだんだん小さくしながら山を登っていくという独特な形状をした3重スパイラルと8の字ループで、21世紀の現代においても構造の複雑さで世界最強と言ってもいいでしょう。

ループ線の入り口にある樟脳寮(チャンナオリャオ)駅から次の独立山(ドゥーリーシャン)駅の先のループ線の出口まで直線距離わずか800mのところを5kmかけて走っており、6倍強になる迂回率は世界一ではないかと思います。

この区間だけで標高差は220mあり、最急勾配は62.5‰で、5万の1の地図だと線路がぐしゃぐしゃになってよく分かりません。この5kmの間に線路が自分自身と10回も交差しており、自線との交差回数では二位以下をダブルスコアで引き離してぶっちぎりの世界一です。(二位はちゃんと検証していませんが中国の水柏線の5回だと思います)

率直に言ってこんなところに線路を引くのは根性というよりも狂気の沙汰に近いものがありますが、それだけ台湾の森林資源が魅力だったということなのでしょう。ここで生産されたヒノキ材は日本の神社の建築に盛んに利用されたそうです。この路線については山下さんの「地図と鉄道のブログ」でも詳しく取り上げられています。


  • 現地の人にも大人気

前述のとおりZ型スイッチバックが連続する後半部分の奮起湖~神木間は運休中ですが、ループ線のある独立山駅までは平日は1往復、土曜日は2往復、日曜祝日は4往復の観光列車が走っています(時刻表はこちら)。

現地の方にも大変人気のある観光地なので、予約なしでは乗れないことが多いようです。ネットで見ていると線路上をハイキングするのが流行っているようですが、危なくないんですかね。

また、運休区間の向こう側には山頂の阿里山駅を中心に祝山、神木、沼平までそれぞれ区間列車が走っています。

神木、沼平行きは片道10分程度の乗車時間で、山頂まで直接バスで来る人が気分を味わうためのものでしょうか。祝山行きはご来光を見るための列車で日の出に合わせて運転されており、山頂付近で一泊する人でないと事実上利用できません。


  • Jスタイルのスイッチバックも見逃せない

阿里山森林鉄道ではループ線の魅力もさることながら、ループ線の手前にある樟脳寮駅の構造もマニア的に見逃せません。


樟脳寮駅は勾配のある本線から水平な折り返し線を引き出し、そこにホームを作っている通過可能型のスイッチバック駅です。

実は海外ではスイッチバックと言えば通過不能のZ型が標準で、日本でよく見る通過可能なスイッチバック駅は極めてレアです。

日本ではおなじみの通過可能型スイッチバックの樟脳寮駅
私の探した範囲では海外では阿里山森林鉄道と北朝鮮だけにしか見つかりませんでした。なんとなく中国黒竜江省の旧満州地方にも残っていそうだと思って探してみましたが、今のところ見つかっていません。

北朝鮮の鉄道ももともと日本が建設したものですので、結局のところ日本人だけが通過可能型スイッチバック駅を作っていたということなのでしょうか。

※意外なことにアメリカのロッキー山脈のローリンズ峠に通過可能型のスィッチバック駅がありました。→こちら H29.9.2追記

そもそも海外では勾配の途中に駅を作る必要があまりなかったのかもしれません。

日本でも近年急速に数を減らしてきている通過可能型スイッチバック駅ですが、世界的に見て希少性が高いことをよく理解しておかないといけないと思います。






世界の大規模なループ線を紹介する大規模ループシリーズ、いかがでしたでしょうか。

次回からは台湾のように「島にあるループ線」をご紹介していきたいと思います。世界では島ごとの風土に適応したバラエティ豊かなループ線が揃っています。

まず、次回はニュージーランド北島のラウリム・スパイラルRaurimu Spiralをご紹介します。


2016/03/11

アジア③パキスタン・カイバル峠鉄道 復活せよ!危険地帯のループ線

  • 越えられなかった国境

今回はパキスタンとアフガニスタンの国境を走るカイバル峠のループ線をご紹介します。

カイバル峠はヨーロッパと南アジアを結ぶ通過点としてたびたび歴史に登場します。

そんな歴史のある峠道に鉄道を引いたのは植民地時代のイギリスでした。20世紀初頭に英領インドとアフガニスタン間を結ぶべくカイバル峠鉄道の建設に取り掛かっています。当時アフガニスタンはロシアと取り合った末にイギリスの保護国となっており、パキスタンはまだ英領インド帝国の一部でした。

とりあえず英領インド帝国側で先に工事が進み、1926年にペシャワールから国境の町トルクハムのランディカーナ駅まで完成しました。

国境を越えてアフガニスタンのカブールまたはジャララバードまで鉄道が通じていたかのように書いている資料もありますが、調べてみたところどうやら「アフガニスタン側に列車が走ったことはない」のが正解のようです。

ジャララバードまでのアフガニスタン側の工事もだいぶ進んでいたらしく、Google航空写真で線路跡らしいものが道路脇にちらほら映っています。本当に線路を敷く寸前まで完成していたようですが、結局線路がつながることはありませんでした。現在は未完成線路の跡の大部分がアジアハイウェイ1号線という高速道路になっています。

  • 世界一危険なループ線
さて、そんなカイバル峠鉄道のループ線ですが、二つの点で世界でも希少な存在となっています。

一つは1676mmゲージの超広軌ループ線であること。

もともと広軌(ブロードゲージ)はカーブに弱く、山岳路線には不向きなため、世界中見ても広軌のループ線はここと1668mmゲージのスペイン2か所と1520mmゲージのロシア1ヵ所でしか見られません。その中でも最も広いゲージのループ線です。(※訂正  スリランカのループ線も1676mmゲージでした。また、一般的にゲージの広さとカーブの大小は直接関係なく、カーブに弱いとの表現は不正確でした。O-銛様ご指摘ありがとうございます。2016/3/12追記)


もう一つは外務省の危険情報レベル4「退避勧告区域」内にあるループ線であること。

この一帯には古来パシュトゥン人というイスラム教徒の遊牧民が住んでいましたが、イギリスが適当に国境を引いたのが原因で、居住地域が英領インドとアフガニスタンの二つの国に分かれてしまいました。

第二次大戦後、英領インドが独立してパキスタンができた際に、パシュトゥン人居住地域を分離独立する動きもありましたが、結局パキスタン政府が大幅な自治権を認める代わりにパキスタン領に留まっています。

このような経緯から、現在でもパキスタン憲法に「パキスタン議会はこの地域に立法権限が及ばない」と明記してあるというから恐ろしいです。パキスタンの法律はここでは通用しませんよと言っているわけですので、ほとんど実態は独立国ですね。現在では連邦直轄部族地域(トライバルエリア)と呼ばれています。なお、政府が認めた自治権の中に「カイバル峠鉄道にタダで乗る権利」というものもあったそうです。

それだけならパシュトゥン人の自治独立国家みたいなもんなので、おとなしくしていれば旅行者に危害が及ぶことはなかったようですが、2000年代に入り政情不安定になったアフガニスタンから、パシュトゥン人が主体のタリバンの面々がこの地域に逃げ込んできて一気にきな臭くなりました。

おかげでこの地域にはイスラム過激派の巣窟という有難くないニックネームが付いてしまい、日本人の渡航禁止と退避勧告が出てその状態が現在まで続いています。


  • スィッチバック付きループ線か、ループ線付きスィッチバックか

そんな行くに行けないカイバル峠の鉄道ですが、スィッチバック2回を組み合わせた3段ループという、相当大規模で珍しい線形になっており、ループ線マニアとしては見逃せません。

地図で見るとクェスチョンマークが3つ並んでいるように見えます。どちらかというとスィッチバックの方に目が行ってしまいますが、第2スィッチバックの手前で自分自身と交差しており、当ブログでの分類上は立派なループ線です。

ここは全長約10kmで400mの高度差を稼ぐ40‰勾配で、世界でも有数の急勾配路線です。第1スィッチバックと第2スィッチバックは地図上では近接していますが、100m近い高低差があります。

カイバル峠鉄道はこの急勾配を列車の両端に機関車を繋げるプッシュプル運転で越えていました。スィッチバックによる逆転時間を短縮するためでしょう。広軌は山岳鉄道に不向き、と書きましたが、機関車を大型にできる分単純な勾配には強かったようですね。

  • この地に再び汽笛の響かんことを

第1スィッチバック
手前の坂は逸走防止の安全側線
カイバル峠鉄道の一般旅客輸送は1980年代に赤字のため廃止されましたが、以降もパキスタン国鉄は「カイバル・トレイン・サファリ」という民間会社チャーターのSL観光列車を月に1回程度走らせていました。珍しい広軌用蒸気機関車と雄大なループ線からの景色で結構な人気でしたが、洪水に弱く、しばしば運休していました。

残念ながら2008年ごろの洪水で鉄橋が流失して現在も運休中です。この地域は基本的に少雨なのですが、上流の山岳地帯で降った雨がすぐ鉄砲水となって洪水を起こすのでしょう。

しかも前述のとおり、パキスタン国内であってパキスタン国内でないところを走る路線ですのでパキスタン国鉄も思うように復旧工事ができないようです。

既に列車が走らなくなって10年になろうとしていますが、雄大なループとスィッチバックを越えて再び列車が走れることを願うばかりです。




次回は大規模ループ線シリーズの最終回、台湾の阿里山鉄道をご紹介します。