2017/03/31

アジア⑨ダージリンヒマラヤ鉄道 マニア的には物足らないが有名すぎて外せない

  • ワールドクラスの山岳鉄道
今回は連続ループ線シリーズの最終回、インドのダージリンヒマラヤ鉄道をご紹介します。

このダージリンヒマラヤ鉄道は、もともとは英領インド帝国時代の1881年にダージリン地方で生産されるお茶の輸送と避暑地への足として開通した610mmゲージの鉄道です。

晴天は極めて珍しいそうです
海抜121mの麓の町シルグリから海抜2076mのダージリンまでの標高差1900mを上る全長81㎞、最急勾配56‰の超ド級山岳鉄道です。

線内の最高所はダージリンから5㎞ほど手前の標高2257mのグームで、終点の直前に5㎞で高低差200m、40‰の下り急勾配のおまけが付いているのも特徴です。

もともとダージリン地方はシッキム王国というチベット系の国の領土だったのですが、イギリスの圧力でシッキム王国から英領インド帝国に割譲させられたのが1849年でした。

17世紀ころからアジアに進出していたイギリスですが、19世紀の後半はインド亜大陸を完全に掌握し、勢力を中国やアフリカに広げようとしていた時期です。

イギリス人は暑さに弱いらしく、気温の高い地域に進出すると必ず避暑地を作っています。ダージリン地方はインドの避暑地として最適でした。避暑地を開拓したイギリス人は勢いに乗ってネパール系の労働力を投入し、紅茶を栽培しました。

この時大量に移住したネパール系の民族がネパール系、チベット系、インド系入り乱れて旧シッキム地方の政情不安を引き起こし、後にシッキム王国を崩壊させる原因となっています。まったくイギリス人は紛争の火種をまきまくりと言われても仕方がありません。シッキム王国が完全にインドの一部になったのは1975年ですので意外と最近です。詳しくは→こちら

  • ひそかに増えたり減ったり
さて、ダージリンヒマラヤ鉄道は1999年に世界遺産に登録されて一気にスターダムにのし上がりました。いまや世界的な観光地となりましたが、そのルート上にあるループ線の数は時代によって変化しています。

開通当時の路線図
ループ線が4カ所ありますが、バタシアループがまだありません
現在のループ線の数は3カ所で、下から順にチュンバティループ、アゴニーポイント、バタシアループと名前が付いています。このうち一番終点のダージリンの近くにあるバタシアループは1919年の線路改良で作られたもので、開業時には存在しませんでした。

開業当時はチュンバティループよりも手前の麓側にもNo2ループ、No1ループと呼ばれるループ線がありましたが、No2ループは1942年、No1ループは1991年に、どちらも水害による土砂崩れで撤去されてしまいました。No1ループは線路を付け替えたため、痕跡はまったく残っていません。No2ループはスィッチバックに改修されています。

廃止されたNO2ループ
現在はスィッチバックになっています
こちらからお借りしました

バタシアループの全景
テーマパークと言われても違和感ありません
ダージリンヒマラヤ鉄道のループ線は最初4カ所で開業し、5ヶ所に増えて、4カ所、3か所と減るという変遷をたどったことになります。

バタシアループ周辺は大きな公園(グルカ族の戦没者記念公園だそうです)になっており、ヒマラヤを望む絶景が見られますが、いかんせん雨の多い地域ですので、晴れた光景を見るには超絶的な強運が必要です。最小曲線半径は13mで、テーマパークのアトラクションに近い雰囲気です。

道路脇を走る
こちらからお借りしました
実はこのダージリンヒマラヤ鉄道、路線のほとんどが並走するヒルカートロードという道路脇に作られており、路面電車に限りなく近いものです(もちろん非電化ですので電車ではありません)。

ダージリンヒマラヤ鉄道の開通時はイギリスは先に書いた通りすでにインドでの覇権を固めており、ここにあまり多大な投資をする気がなかった節が見られます。

同時期にアフリカ大陸、オーストラリア、カナダなどで大規模な鉄道建設を行っていることから、技術的に重軌道の鉄道が作れなかったわけではありません。初めからダージリンの鉄道はこの程度のものと割り切って作られたように見受けられます。


  • 世界遺産効果は侮れない

ダージリンヒマラヤ鉄道は開通当時から全線80㎞を7時間かけて走る超鈍足の鉄道でしたが、それはディーゼル機関車の牽引になった現在でもそれほど変わっていません。

現在では全線を運転するディーゼル機関車牽引の列車が1日1往復、山頂部分のクセオン~ダージリン間の区間列車が1日1往復で、全線の運賃は1285ルピー≒2200円です。これは普通のパッセンジャートレインに分類できるでしょう。

アゴニ―ポイント全景
こちらからお借りしました
その他に、山頂部分のダージリン~グームの一駅間だけを2時間ほどで往復する観光列車がSLとディーゼル合わせて1日4往復~5往復あり、観光客向けはこちらの観光列車がメインとなっています。

さらにコアな鉄道体験をしたい人向けにダージリンから山の中腹のクセオンまでを8時間かけて往復するレッドパンダ号が1往復、山の麓のシリグリ~ラントン間を4時間で往復するジャングルサファリ号が1往復それぞれ設定されています。

なお、SL列車はかなりの確率で途中で故障するらしく、動かなくなった場合はバスで代行輸送するとのことです。また、水害に非常に弱く、日本の台風にあたるサイクロン通過後は必ずといっていいほど土砂崩れで運休になってしまいます。昨年も水害による運休が続いていて、2017年の1月に運行が再開されたばかりだそうです。

正直ダージリンヒマラヤ鉄道は世界遺産にならなければバス輸送に置き換わっていても不思議はないものでした。世界遺産様様といったところです。



有名ではありますが、ループ線マニアとして見る場合は、少し物足らないのがダージリンヒマラヤ鉄道のループ線だと思います。特に衛星写真に線路敷が全然映らないのが致命的です。

ここは有名な観光地ですのでいろいろな方が現地を訪れていらっしゃいます。特にマニア的におすすめの旅行記を一つご紹介しておきます。→こちら


半年にわたった連続ループ線シリーズは今回で終了です。

次回からは完成したのに列車が走らなかった、あるいはすぐ廃止になってしまったというような未成・短命ループ線をご紹介していきたいと思います。テーマの性質上、ドマイナーなループ線が続く超ディープなマニアの世界になります。しばらくの間お付き合いいただければと思います。



まず次回はイタリアの未成ループ線をご紹介します。

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