2017/03/31

アジア⑨ダージリンヒマラヤ鉄道 マニア的には物足らないが有名すぎて外せない

  • ワールドクラスの山岳鉄道
今回は連続ループ線シリーズの最終回、インドのダージリンヒマラヤ鉄道をご紹介します。

このダージリンヒマラヤ鉄道は、もともとは英領インド帝国時代の1881年にダージリン地方で生産されるお茶の輸送と避暑地への足として開通した610mmゲージの鉄道です。

晴天は極めて珍しいそうです
海抜121mの麓の町シルグリから海抜2076mのダージリンまでの標高差1900mを上る全長81㎞、最急勾配56‰の超ド級山岳鉄道です。

線内の最高所はダージリンから5㎞ほど手前の標高2257mのグームで、終点の直前に5㎞で高低差200m、40‰の下り急勾配のおまけが付いているのも特徴です。

もともとダージリン地方はシッキム王国というチベット系の国の領土だったのですが、イギリスの圧力でシッキム王国から英領インド帝国に割譲させられたのが1849年でした。

17世紀ころからアジアに進出していたイギリスですが、19世紀の後半はインド亜大陸を完全に掌握し、勢力を中国やアフリカに広げようとしていた時期です。

イギリス人は暑さに弱いらしく、気温の高い地域に進出すると必ず避暑地を作っています。ダージリン地方はインドの避暑地として最適でした。避暑地を開拓したイギリス人は勢いに乗ってネパール系の労働力を投入し、紅茶を栽培しました。

この時大量に移住したネパール系の民族がネパール系、チベット系、インド系入り乱れて旧シッキム地方の政情不安を引き起こし、後にシッキム王国を崩壊させる原因となっています。まったくイギリス人は紛争の火種をまきまくりと言われても仕方がありません。シッキム王国が完全にインドの一部になったのは1975年ですので意外と最近です。詳しくは→こちら

  • ひそかに増えたり減ったり
さて、ダージリンヒマラヤ鉄道は1999年に世界遺産に登録されて一気にスターダムにのし上がりました。いまや世界的な観光地となりましたが、そのルート上にあるループ線の数は時代によって変化しています。

開通当時の路線図
ループ線が4カ所ありますが、バタシアループがまだありません
現在のループ線の数は3カ所で、下から順にチュンバティループ、アゴニーポイント、バタシアループと名前が付いています。このうち一番終点のダージリンの近くにあるバタシアループは1919年の線路改良で作られたもので、開業時には存在しませんでした。

開業当時はチュンバティループよりも手前の麓側にもNo2ループ、No1ループと呼ばれるループ線がありましたが、No2ループは1942年、No1ループは1991年に、どちらも水害による土砂崩れで撤去されてしまいました。No1ループは線路を付け替えたため、痕跡はまったく残っていません。No2ループはスィッチバックに改修されています。

廃止されたNO2ループ
現在はスィッチバックになっています
こちらからお借りしました

バタシアループの全景
テーマパークと言われても違和感ありません
ダージリンヒマラヤ鉄道のループ線は最初4カ所で開業し、5ヶ所に増えて、4カ所、3か所と減るという変遷をたどったことになります。

バタシアループ周辺は大きな公園(グルカ族の戦没者記念公園だそうです)になっており、ヒマラヤを望む絶景が見られますが、いかんせん雨の多い地域ですので、晴れた光景を見るには超絶的な強運が必要です。最小曲線半径は13mで、テーマパークのアトラクションに近い雰囲気です。

道路脇を走る
こちらからお借りしました
実はこのダージリンヒマラヤ鉄道、路線のほとんどが並走するヒルカートロードという道路脇に作られており、路面電車に限りなく近いものです(もちろん非電化ですので電車ではありません)。

ダージリンヒマラヤ鉄道の開通時はイギリスは先に書いた通りすでにインドでの覇権を固めており、ここにあまり多大な投資をする気がなかった節が見られます。

同時期にアフリカ大陸、オーストラリア、カナダなどで大規模な鉄道建設を行っていることから、技術的に重軌道の鉄道が作れなかったわけではありません。初めからダージリンの鉄道はこの程度のものと割り切って作られたように見受けられます。


  • 世界遺産効果は侮れない

ダージリンヒマラヤ鉄道は開通当時から全線80㎞を7時間かけて走る超鈍足の鉄道でしたが、それはディーゼル機関車の牽引になった現在でもそれほど変わっていません。

現在では全線を運転するディーゼル機関車牽引の列車が1日1往復、山頂部分のクセオン~ダージリン間の区間列車が1日1往復で、全線の運賃は1285ルピー≒2200円です。これは普通のパッセンジャートレインに分類できるでしょう。

アゴニ―ポイント全景
こちらからお借りしました
その他に、山頂部分のダージリン~グームの一駅間だけを2時間ほどで往復する観光列車がSLとディーゼル合わせて1日4往復~5往復あり、観光客向けはこちらの観光列車がメインとなっています。

さらにコアな鉄道体験をしたい人向けにダージリンから山の中腹のクセオンまでを8時間かけて往復するレッドパンダ号が1往復、山の麓のシリグリ~ラントン間を4時間で往復するジャングルサファリ号が1往復それぞれ設定されています。

なお、SL列車はかなりの確率で途中で故障するらしく、動かなくなった場合はバスで代行輸送するとのことです。また、水害に非常に弱く、日本の台風にあたるサイクロン通過後は必ずといっていいほど土砂崩れで運休になってしまいます。昨年も水害による運休が続いていて、2017年の1月に運行が再開されたばかりだそうです。

正直ダージリンヒマラヤ鉄道は世界遺産にならなければバス輸送に置き換わっていても不思議はないものでした。世界遺産様様といったところです。



有名ではありますが、ループ線マニアとして見る場合は、少し物足らないのがダージリンヒマラヤ鉄道のループ線だと思います。特に衛星写真に線路敷が全然映らないのが致命的です。

ここは有名な観光地ですのでいろいろな方が現地を訪れていらっしゃいます。特にマニア的におすすめの旅行記を一つご紹介しておきます。→こちら


半年にわたった連続ループ線シリーズは今回で終了です。

次回からは完成したのに列車が走らなかった、あるいはすぐ廃止になってしまったというような未成・短命ループ線をご紹介していきたいと思います。テーマの性質上、ドマイナーなループ線が続く超ディープなマニアの世界になります。しばらくの間お付き合いいただければと思います。



まず次回はイタリアの未成ループ線をご紹介します。

2017/03/19

アジア⑧韓国中央線 雉岳ループ&竹嶺ループ 今のうちに連続通過しておこう 


  • 近代化されていない路線もまたよし

連続ループ線シリーズ、今回は身近なところで韓国中央線の連続ループ線をご紹介します。

韓国のKorail中央線はソウルと慶州を結ぶ京釜線のバイパス路線として日本統治時代の1941年から1942年にかけて建設されました。

中央線は太平洋戦争中の空爆を避けるためにわざと山の中を通るルートを選んで建設したため、ソウルを出るとすぐに東へ向かい山岳地帯を縫うようにして朝鮮半島南部を目指しています。ここも軍事色の強い路線だったようです。

雉岳ループの交差部
こちらからお借りしました
朝鮮戦争後は山間部からの石炭輸送に活躍するようになり、1980年代になると栄州(ヨンジュ)以北の北半分が電化されました。一方栄州より南は京釜線経由がメインとなったため、現在に至るまで非電化です。

ソウルに近い部分は近年近郊路線としての性格が強まっていて、ソウルから約60kmの砥平(チピョン)までは大規模に線路が付け替えられてすっかり都市近郊鉄道に生まれ変わっています。

一方、新しい電車が走る近郊区間を過ぎると、電気機関車がけん引する客車のムグンファ号がのんびり行きかう農村地帯です。


  • 似ているけれど微妙に違う
雉岳ループ周辺
さて、中央線はわざわざ山岳部を選んで敷設されたという経緯もあって、ループ線が2か所作られました。北側はソウルから約120kmの雉岳(チアック)ループ、南側はソウルから約180kmの竹嶺(チュクリョン)ループです。どちらも南に向かって上り坂になります。

朝鮮半島の地図を見ると東海岸沿いに南北に標高1200mの太白山脈が走っています。

竹嶺ループ周辺
 雉岳ループと間違い探しレベルの差しかないですね
その太白山脈の中央部から分岐して南西方向に向かうのが小白山脈です。太白山脈沿いに南下する中央線は、小白山脈を2か所のループ線で越えていることになります。

竹嶺ループのすぐ南にある竹嶺トンネルが分水嶺となっており、北側はソウルを通って北朝鮮側に河口がある漢江流域、南側は釜山に河口のある洛東江の流域です。

雉岳ループと竹嶺ループは両方とも山脈に食い込む狭い谷間の行き止まりにあり、周囲の地形は良く似ていますが、雉岳ループはシンプルな形状なのに対して、竹嶺ループは少し回りこんで回転しています。

竹嶺ループの方が少し輪を大きく取って高低差を稼いでいるという違いがあります。谷間の農村風景はどことなく日本の風景と通じるところがあります。

雉岳ループの方が撮影には適しているようです
こちらからお借りしました
現地ではトンネルの名称で金台第2トンネルループ(금대2터널)、大江トンネルループ(대강터널)と言っているようです。

曲線半径と勾配はどちらも350m20‰で、高低差は雉岳ループは約20m、竹嶺ループは約30mです。

雉岳ループの方は世界有数の真円に近いループ線ですね。ここまで真円に近いループ線はほかにはタンド線のサンダルマループぐらいしか思い当りません。


  • まな板の鯉状態

ここは韓国の東西南北を結ぶ重要なルートになっており、現在でも客貨ともに多数の列車が行きかっています。

雉岳ループを通らない新線が建設中
雉岳ループを通る旅客列車は16往復32本、竹嶺ループを通る旅客列車は12往復24本です。

両方のループ線を連続通過するムグンファ号が9往復あります。ソウルの清涼里駅から2時間30分ほどですので、日帰りも十分可能です。気合を入れれば博多~ソウル~中央線~釜山~博多の日帰りも可能かもしれません。

竹嶺ループの写真は少ないです
こちらからお借りしました
ところが、中央線の原州ー堤川間では現在複線化工事中なのですが、この雉岳ループ周辺は別ルートの新線を建設する予定になっています。これが完成すると雉岳ループは列車が通らなくなるため、おそらく廃止されることになるでしょう。記事によると2018年完成目標となっています。

韓国の新線建設は数年単位で遅れることが多いので目標どおり完成するかどうか微妙ですが、いずれ廃止の運命は避けられそうにありません。早目に乗っておくのが良さそうです。

なお、南の竹嶺ループの方は当面は安泰のようです。





さて、次回で連続ループ線シリーズは終了です。

連続ループ線シリーズの最終回はダージリンヒマラヤ鉄道をご紹介したいと思います。

2017/02/24

欧州㉒レーティッシュ鉄道アルブラ線ベルギュンループ線群 4連ループの知名度は世界的

  • マニアでなくても知っている
今回は世界的に超有名なレーティッシュ鉄道のループ線群をご紹介します。

レーティッシュ鉄道と言えばベルニナ線のブルージオがオニの知名度を誇っていますが、今回のアルブラ線も負けていません。むしろ観光ルートの関係でブルージオには行けなかったけど、こちらは行ったことがあるという方も多いのではないでしょうか。ブルージオはアルブラ線から少し離れていますので、別の機会にご紹介します。

レーティッシュ鉄道はスイス南東部、地図の右下にあたるイタリアとの境の部分に400㎞の路線網を持つメーターゲージの私鉄です。

私鉄とは言ってもスイス連邦が43%、地方自治体が51%出資している日本でいうところの第3セクター路線で、実体はほとんど公営鉄道です。

アルブラ線はレーティッシュ鉄道の本線格の路線で、標準軌のスイス国鉄が乗り入れるクールからサンモリッツまでの約100㎞を結んでいます。急峻な地形をラック式ではなく通常の粘着式で建設し、難工事の末1903年に開通しました。意外と古い歴史があります。ベルニナ線とともに世界遺産に指定されている超有名な観光路線ですが、実はどちらもローカル列車が頻発しており、地域交通の中でも重要な役割を担っています。

戦後何度か旅客減で経営危機に陥いってますが、有名な氷河特急Gracier Expressの設定による観光需要の取り込みで盛り返しに成功しています。私見になりますが、粘着式だからこそ存続できたという側面があったと思います。

  • バラエティ豊かな4連ループ
アルブラ線のフィリスールとサンモリッツの間にあるアルブラ峠は、20㎞で700mの標高差を上下する難所でした。峠の北側のフィリスール方向はベルギーのロッテルダムが河口のライン川流域、峠の南側のサンモリッツ方向はルーマニアに河口のあるドナウ川流域です。アルブラ峠はこの2大河川の分水嶺となっています。

このうちフィリスール・プレダ間は、ループ線が4つ連続するループ線マニアにとってもハイライト区間です。ここではループ線はトンネルの名前で呼ばれており、下のフィリスール駅側から順にグライフェンシュタイン、ゴット、ルークヌックス、トウア・ツォンドラとなっています。

ルークヌクスループトンネル。こちらからお借りしました。
フィリスール駅を出てすぐのグライフェンシュタイン・ループトンネルは普通のループトンネルで、ベルギュン駅の先にあるゴット・ループトンネルはダブルヘアピンの一部が重なっている形状のループ線です。

ムオト信号場の先にあるルークヌックス・ループトンネルもマニア的にはそれほど変わったところのないループトンネルです。

最上部にあるトウアトンネルとツォンドラトンネルからなる8の字ループがやはりここの見どころでしょう。

なんとかして高低差を克服しようとした苦心の跡を見ることができます。世界のループ線の線形の中でも傑作の部類に入ると思います。二つのループ線をヘアピンカーブで結んでいる相当珍しい形の二重ループです。ここだけで標高差120mを稼いでいます。

トウアトンネルから見た風景です。超有名なアングルですね。

フィリスール駅から4つのループ線を越えてプレダ駅までずっと35‰勾配が続き、最小曲線半径は100mとハードな山岳路線で、この二駅間の片道30分間で4カ所のループ線を通ります。ゴッタルドバーンに並ぶ世界一のループ線密集度です。

普通のループ線、ダブルヘアピン、8の字二重ループと形状のバラエティに富み、さながらループ線の見本市の様を呈しています。3種類の形状のループ線を連続一乗車で体験できるのはこことゴッダルドバーンだけです(中国の成昆線でも一昼夜かかりますが、一応一乗車で体験することができます)。

  • 楽しみ方いろいろ、観光特急だけじゃない

アルブラ線を通過する旅客列車には、氷河特急、ベルニナ特急Vernina Expressの直通列車、ローカル列車の3種類があります。

氷河特急はサンモリッツからマッターホルンゴッダルド鉄道に乗り入れてツェルマットまで走っており、冬季1日1往復、夏季3往復です。

ランドヴァッサー橋を渡る氷河特急。ランドヴァッサー橋はフィリスールのすぐ先です。
これもめちゃくちゃ有名なアングルです。
ベルニナ特急はイタリアのティラノからベルニナ線~サンモリッツ~アルブラ線~クールまたはダボスというルートで走っています。

ベルニナ特急にはサンモリッツ止まりでアルブラ線に乗り入れない列車もあります。アルブラ線直通のベルニナ特急は夏季のみ1日2往復です。

前述のとおりここではローカル列車も8時台から22時台まで毎時1本ずつ、16往復32本あり、地域ローカル輸送にも鉄道が大活躍しています。


さらに、冬季は沿道をそりで滑り降りてくるアトラクションが毎年開設されており、そのための臨時のシャトル列車がベルギュン~プレダ間で運転されています。

このアトラクションはファミリー向けののんびりしたものかと思いきや、滑ってる人同士がぶつかったりスピードの出しすぎでコースアウトしたりで毎シーズンけが人の出るかなりスパルタンなものらしいです。ループ線とは直接関係ありませんが、これは楽しそうです。

このシャトル列車は1日最大13本(時期と曜日によって変動あり)、フル運転する日はほぼ終日30分間隔の運転になります。日没後もナイタースキーの要領で滑ることができるそうです。昼間は混雑で思うように滑れない場合もあるけど夜は空いていておススメ、そのかわりコースアウトすると最悪凍死する危険性もある、とか怖いことが書いてあります。

なお、このシャトル列車は上り方向のプレダ行きのみ営業運転で、下り方向のベルギュン行きは回送列車になります。下りはそりで滑ってこいということですね。スキー場のリフトがわりに電車を使うというなんとも大胆な取り組みです。レーティッシュ鉄道のHPは→こちら

観光用の展望特急で優雅に行くか、ローカル列車でじっくり行くか、シャトル列車&そりでアクティブに行くか。

知名度抜群のアルブラ線ループ線群は多様な楽しみ方ができます。



次回は韓国の連続ループをご紹介します。

2017/02/11

中国⑩黔桂線 京寨ループ&苦李井ループ 龍の回り道と呼ばれたループ線


  • 黔桂線と日本の隠れた因縁

連続ループシリーズ、今回は中国南西部、貴陽から広州方面へ向かう黔桂線のループ線をご紹介します。

黔桂線の「黔」は貴州省のことで、けんけい線と読みます。知らないと読むのにも一苦労ですが、日本で「越」と書いてあれば福井県から新潟県にかけての日本海側かな、となんとなく思い浮かぶのと同じなんでしょうね。なお、「桂」は桂林の「桂」かと思いきや、この桂の字一つで広西チワン族自治区一帯を表すようです。実際黔桂線は厳密には桂林の手前の柳州までで、その先は国境を越えてベトナムと連絡する湘桂線の一部になります。

赤字が付け替え新線。青字が旧線

中国で八縦八横と呼ばれる重要幹線の一つで、海岸沿いの香港・深セン・広州から内陸工業都市の貴州・重慶・成都方面を結んでいます。おおむね海岸から離れるに従って標高が高くなり、柳州から貴陽までは比較的短く見えても全長600kmあります。

黔桂線は南側から建設が進み、柳州~河地(金城江)間は1941年、河地(金城江)~独山間は1943年に開通しています。

時まさに日中戦争の真っ最中で独山には飛行場が作られ、連合軍がインドから中国国民党政府に援助物資を輸送する有名な援蒋ルートの一つとなりました。つまり黔桂線はもとはバリバリの軍事路線だったことになります。

何かと日本とは因縁のある地域を走る黔桂線ですが、全線開通は中華人民共和国成立後の1959年で、意外と新しい路線です。これは1944年に途中の都匀(ドウユン)まで一旦開通していたところ、日本軍が柳州地方を占領した際に、接収利用されるのをおそれた国民党政府が線路を破壊したためでした。日本軍が戦闘で壊したとする資料がちらほら見られますが、日本軍は貴州方面まで侵攻していないのでおそらく国民党政府の焦土作戦の一つで破壊されたのが正しいと思います。

  • 険しからずとも鉄道には厳しい

さて、黔桂線のループ線は黔南苗族自治州の中心都市都匀の前後に一つずつあります。このあたり一帯は大きな山脈はないのですが、細かい起伏が延々続く丘陵地帯です。丘陵と言っても一つ一つが東京の高尾山ぐらいの大きさがありますので、鉄道には厳しい地形です。

黔桂線は勾配と曲線で一つ一つ小山をクリアしていました。龍が登るようにくねった線路の様子から、龍の回り道「回龍道」といういかにも中国的なニックネームがついており、中国の鉄道ファンには有名です。

南側のループは途中にある駅名から京寨(ジンジャイ)ループと呼ばれていました。最大勾配29‰、最小曲線半径160mと中国の幹線の中ではかなりハードな部類のループ線です。

ループ線の下り側(都匀側)でシングルヘアピンで高度を稼いでいるのが形状的な特徴点です。先に書いた通りこの区間は戦争中の1944年に一旦開通していました。


京寨ループは現役時代の写真が見つかりました

北側のループ線は苦李井(クーリージン)ループと呼ばれています。こちらは戦後に新たに建設された区間で勾配20‰、曲線半径400m、高低差は60mと、京寨ループよりも少しだけ高規格です。


中国のループ線図はだいたい精密ですが、この図だけえらいアバウトですね
 ソラマメのような形をしたなんとも愛嬌のある形のループ線ですが、輪の大きさが3.6kmあり、ブルガリアのシェストルカータには及びませんがなかなかの大輪のループ線でした。二つのループ線の距離は都匀の町を挟んで約70kmです。

京寨ループは北に向かって下り坂、苦李井ループは北に向かって上り坂です。つまり都匀の町は周辺から見て窪んだ盆地にあることになります。実際この地域一帯の地形は大変複雑で、京寨ループより南はマカオの近くに河口のある珠江の流域、都匀の町の前後は長江の支流清水江(=沅江)の流域です。

また、苦李井ループ以北も同じく長江流域ですが、沅江よりも500kmも北の重慶の近くで本流から分かれる烏江の流域となっています。この地域ではちょっとした丘陵が分水嶺になっていたり、同じ谷の北と南で流域が違っていたり川の流れがこんがらがってめまいがしてきます。水域界マニアとか分水嶺マニアの方にはなかなか面白い地域だと思います。


  • 後進に道を譲って引退

黔桂線は山と川が織りなす景色のいい路線として中国の鉄道マニアには知られた存在でしたが、さすがに非電化・単線・カーブと勾配盛りだくさんの戦前規格そのままでは輸送力的に厳しくなり、2010年に全区間が160km対応の電化新線に付替えられ、旧線は廃止されました。廃線跡は「老黔桂」と言われています。

苦李井ループの現状。廃線愛好家にはいい雰囲気かもしれません
現在、旧線は線路もはがされて道路に転用されています。黔桂線旧線の現状を映した動画を二本見つけました。こちら →「追忆老黔桂铁路」(1:40あたりから苦李井ループが映ります)とこちら →「重走老黔桂线」。どちらも同じ方が作成された動画ですが、ドローン撮影を織り交ぜた無駄にハイクオリティな出来栄えには驚きます。

この黔桂線の新線、二点ほどとても中国的だなと思う点があります。

ひとつは、新線建設にあたって旧線ルートを完全に放棄したこと。

このあたりは比較的人口密度の高い地域ですが、新線に切り替わったせいで駅が遠くなり、列車が使えなくなった町や村がたくさん発生しました。新線は駅数も減らされており、20kmぐらいの移転は当たり前という状況です。地域住民の方はさぞ不便だと思うのですが、そもそも旅客輸送はおまけというのが中国の国鉄の発想なのでしょう。

もうひとつは大規模な付け替え新線を作ったにもかかわらず、さらに300km対応の高速新線も作ってしまったことです。新線はわずか5年の主役期間でした。この高速新線は、4時間かかっていた貴陽都匀間を40分、一昼夜かかっていた貴陽広州間を5時間で結んでしまうすぐれもので、2015年12月に開業したばかりです。高速新線は旅客列車専用で、貨物列車は引き続き付け替え新線を走っています。

まあ付け替え新線が廃止にならなかっただけましというものでしょうか。現在でも付け替え新線経由の旅客列車が9往復走っています。高速新線の方は13往復です。







  • おまけ~老黔桂回龍道と言えばコレ

このアングルの写真がたくさん見つかります
黔桂線のループ線と言えば上記の二つ以外に拉易ループ(中国語で拉易展線)というのが良く出てきます。これは京寨ループよりもさらに180kmほど南にあったシングルヘアピンカーブのことです。

残念ながら路線が自線と立体交差していないので当ブログではループ線に入れていませんが、あまりにも有名なのでご紹介しておきます。

高度を稼ぐためだけに細い谷の両側を寄り道しているという、釜石線の陸中大橋を大規模にした感じの路線です。

古くから鉄道写真の撮影名所だったようで、老黔桂の写真を探すとかなりの確率で見つかります。

ここも上記のループ線と同時に新線に付替えられて廃線となっています。




当ブログの記事のアクセス数ベスト3はずっと1位ゴッダルドバーン、2位樺太の宝台ループ、3位成昆線で安定していたのですが、世界一高い道路橋が北盤江に完成してから水柏線のアクセスが激増し、ついに3位を逆転しました。

ほとんどが道路橋完成のニュースから検索してきたループ線に興味のない方だと思いますが、マイナーだった水柏線が脚光を浴びてちょっとうれしいです。なお5位は台湾の阿里山森林鉄道です。あと前回ご紹介したブルガリアのシプカ峠がなぜか怒涛のアクセスを稼いでいます。

次回は有名どころでスイスの連続ループ線をご紹介します。

2017/01/15

欧州㉑ブルガリア国鉄4号線シプカ峠 バルカン山脈を貫く双子ループ



  • マニア受けするループ線の国、ブルガリア

今回はブルガリアのバルカン山脈を貫く異色の連続ループをご紹介します。

ブルガリアは北海道ほどの面積の国ですが、ドヴリニーシュテ線のアヴラモーヴォの前後に4つ、クリスラに1つ、今回ご紹介する4号線に2つと計7か所ループ線があり、ヨーロッパではスイス、イタリアに次ぐループ線大国です。

しかもブルガリアのループ線はすべて現役で旅客列車が走っており、一つも廃止になっていません。これは割と地味にすごいかもしれません。

右から2番目の南北を結ぶ路線が4号線
ブルガリア国鉄4号線はバルカン山脈を横断してブルガリアの国土を南北に結ぶ幹線です。

1900年代の初頭から建設されていましたが、標高1200mのシプカ峠を越える山間部の工事に手間取り、予定よりもだいぶ遅れて1913年に開通しました。この最後の開通区間に二つループ線が作られています。ここはシプカ峠の上りと下りに一つずつループ線がある双子ループになっています。

  • 8の字ループと6の字ループ

この4号線の双子ループは南側のループ線をオスモルカータ、北側のループ線をシェストルカータと呼びます。日本語にするとオスモルカータは「8の字」、シェストルカータは「6の字」ですが、地図を見ると納得、まさに線路が6の字と8の字を描いています。

どちらも25‰勾配、曲線半径275mとスペック的にはこの時代の幹線級鉄道の標準スペックです。

オスモルカータの線路図
オスモルカータ「8の字」はゴッタルドのヴァッセンやレッチュベルグに見られるダブルヘアピンの一部が重なっている形状で、割とよくある形のループ線です。8の字の中央部分にラドゥンツィ駅が作られています。

ラドゥンツイ駅。山間にしてはかなり大規模な駅です

一方シェストルカータ「6の字」の方は見た感じ普通の4分の3回転ループ線なのですが、ひそかに世界トップレベルだったりします。何がトップレベルなのか、一発で正解できれば相当のループ線マニアだと思いますが、お分かりでしょうか。
こちらはシェストルカータ

実はシェストルカータはループ線の輪の部分の大きさが世界トップレベルなのです。輪の部分の全長が4.8kmあり、一周するだけで標高差を約90mを稼ぎます。舞浜のディズニーリゾートラインと同じぐらいの周回距離と言えば分かりやすいでしょうか。

バゾヴェッツ駅のハイキングコース案内版
これまでにも丘を巻いて線路が引かれているループ線をいくつかご紹介してきましたが、このシェストルカータもその一つに分類できます。ただ、ループ線の輪の中にある丘がえらい細長い形をしていたために、こんな特徴的な形状のループ線になってしまったのでしょう。

ちなみにループ線の輪の長さランキングで、一位は中国水柏線三重ループの一番上のループ線で約6.8km、二位はスペインのレオン=コルーニャ線にあるラ・グランハのループ線の約5.0kmです。シェストルカータは3位ですが、一周で稼ぐ標高差では25‰勾配のシェストルカータがトップです。

シェストルカータのちょうど線路の交差部分にバゾヴェッツというホームだけの無人駅があります。ここ一帯はブルガリアでは割と有名なハイキングコースになっています。

  • 旅客列車は豊富だけど・・・・

シェストルカータの交差部のトンネルだそうです。
トンネル上部を線路が通っているはずですがまるで見えません
そんな4号線ですが、首都ソフィアから黒海沿岸の主要な港町ヴァルナに向かう特急列車はバルカン山脈の北を迂回する2号線経由で運転されています。

4号線はマイナールート扱いで、ローカルの普通と快速だけが運転されています。貨物列車の方が多く走っているそうですが、それでも旅客列車は1日5往復10本あり、乗車するのはそれほど難しくありません。

どの列車も二つのループ線をセットで走ります。片道約2時間の行程です。首都ソフィアから5時間ほどかかりますので日帰りはちょっと難しいかもしれません。

ところが、残念なことにこの4号線のループ線は、線路の引かれている部分の地形と、森林が豊富なブルガリアの山並みの両方の要因で、どちらも致命的に視界が効きません。

乗ってるだけではループ線と気が付かず、ちょっとカーブが多いかなぐらいで通り過ぎるのではないかと思います。自分の通ってきた線路を車窓から見るというループ線の楽しみにも期待できません。

You Tube にオスモルカータ(8の字)の方の動画がありましたので引用しておきます。ラドゥンツイ駅から山を下る列車です。眺望の効かない様子がよく分かります。

ループ線は景色のために作られているわけではないので、これはしょうがないですよね。









次回は再び中国の連続ループ線をご紹介します。