2016/09/15

欧州⑭サンマリノ鉄道 復活を目指す戦火に消えた国民的ループ線

  • ミニ国家の鉄道はオールイタリア製

今回はサンマリノ鉄道のループ線をご紹介します。

サンマリノはイタリアの中央部にポツンとある周囲をイタリアに囲まれた小さな国です。山梨県ぐらいの大きさかな、となんとなくイメージしていたのですが、それよりもはるかに小さく、山手線の内側ぐらいの大きさしかないそうです。


しかしその歴史は古く、日本で言えば室町時代ぐらいにすでに共和制の国家として確立しており、1631年にローマ教皇から正式に独立国家として承認されています。国土は小さいですが9つの地方自治体に区分されています。

イタリア人が住んでいて、イタリア語を話しているけど別の国、という状況はなかなか日本人の国家観からは理解しづらいですね。

サンマリノの国土は大部分が標高749mのティターノ山の山地です。イタリアのリミニからサンマリノまで走っていた鉄道がサンマリノ鉄道です。サンマリノ鉄道と勝手に略していますが、実はFerrovie Concesseと言う独特の建設方式で建設され、ヴェネトエミリア電軌鉄道というイタリアの会社が運営していたイタリアの地方私鉄の一路線でした。開業当初から電化された軌間950mmのイタリアンナローゲージ路線です。

6往復時代の時刻表
ちゃんと一等と二等に分かれているようです
こちらからお借りしました
Ferrovie Concesseとは国が資金を出して鉄道を建設し、民間に付与して運営するというイタリア独特の鉄道路線の建設形態とのことですが、これは上下分離の一種なんでしょうか。

地上設備は国有のまま運営だけを民間会社がやっていたのか、設備ごと文字通り民間に払い下げてしまっていたのかまでは分かりませんでしたが、随分と先進的というか気前のいいスキームです。第一次世界大戦後の戦間期はイタリアではだいぶ景気がよかったようです。

1932年に完成し、当初1日2往復で運転が始まりましたが、すぐに6往復に増便されています。最盛期にはさらに運転本数が増えていたようです。全長32㎞標高差640mを1時間かけて上るタフな登山鉄道でした。

イメージ的には箱根登山鉄道(全長15㎞標高差520m)の勾配を少し緩くしたような感じのものです。サンマリノの国旗と同じ白とスカイブルーのツートンカラーの電車は地元の人に大変愛されていたことが伺えます。


  • 時代が悪かったとしか言いようがない
そんなサンマリノ鉄道ですが、不幸なことに時代はまさに大戦期。第二次世界大戦のさなかに空爆で線路が破壊されて不通になってしまいます。

サンマリノ鉄道は途中のセラヴァッレからと最後が急勾配
最急勾配は50‰を越えます
第二次世界大戦中に線路を爆破するのはだいたいドイツ軍によるものなのですが、ここはイギリス軍の誤爆だったというから救われません。

サンマリノ自体は大戦中、中立を宣言していたのにとんだとばっちりでした。

終戦後すぐ熱烈な鉄道再開運動が展開されましたが、敗戦国となったイタリア資本の民間鉄道だったのが災いしたのでしょうか、遅々として復興は進まないまま21世紀を迎えることとなってしまいました。


現在は車道になっているようです。
これはモンタルボトンネル
さて、サンマリノ鉄道には2カ所ループ線がありました。一カ所は山の中腹のポージョ・ディ・セッラヴァッレ・ループトンネル、もう一カ所は終点のサンマリノ市街地への断崖を貫通するピアッジェ・ループトンネルでした。

ポージョ・ディ・セッラヴァッレ・ループトンネルは20‰勾配で、ピアッジェ・ループトンネルは52‰という超急勾配でした。地形の関係で山の上の方が急勾配になっていたようです。








ピアッジェループトンネル付近の地図
山の南側斜面に回り込む形でループしていました
終点のサンマリノ駅とその一つ手前のボルゴ・マッジョーレ駅間は3.8㎞ですが、標高差が約150mもあり、全線の標高差の4分の1はこの一駅間のものだったというから恐ろしいものがあります。

ちなみにこの二駅間には現在ロープウェイが運転されています。例によって白とスカイブルーのツートンカラーのサンマリノ色ロープウェイで移動することができます。


  • いつか列車が蘇るのを信じて

現在も鉄道再開運動は続いており、鉄道開業80周年にあたる2012年、ついにサンマリノ駅からモンターレトンネルの出口までの800mで復活運転が実施されました。実に休止から68年かけての復活は大したものです。

引き続き再開区間を伸ばして、ボルゴマッジョーレ駅まで結ぶつもりとのことです。これが再開すると当然ループ線も復活するということになるでしょう。これは楽しみです。

ただし、この復活運転は今のところ日にちを限定した試運転程度の運転で、一般の観光客向けには公開されていないようです。ふらっと観光ついでに気軽に乗れるようなものにはまだなっていません。






このサンマリノ鉄道については山下さんの「地図と鉄道のブログ」でも最近紹介されています(→こちら)。

できるだけ見ないようにしてこの記事を書いたのですが、内容がもろかぶりな上に山下さんの方が詳細に解説されています。正直恥ずかしいです・・・。

次回はまちなかループイタリア編からイタリアのまちなかにある訳の分からないループ線をいくつかまとめてご紹介します。

3 件のコメント :

  1. はじめまして.
    鉄道について調査しておりこのサイトにたどり着きました.
    どの記事も,歴史や技術について詳しく触れており大変参考になります.
    そこで,一つ質問させて頂きたいのですが,肥薩線大畑駅のようにループ線の中にスイッチバックが併用されている事例は海外に在るのでしょうか.
    当ブログによるとカイバル峠鉄道がそれに当たるようですが,現役,廃止問わず他にもあればご教授願いたいと思います.

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  2. こんにちは。当ブログをご参照いただきありがとうございます。

    さて、スィッチバック付ループ線は世界でも大変珍しく、大畑、カイバル峠とミャンマー国鉄メイミョー・ラシオ線、北朝鮮咸北線(廃止)の4カ所しかありません。

    ミャンマー国鉄のループスィッチバックは引き上げ線が本線と交差しているもので現在でも現役です。

    また、咸北線は今はループもスィッチバックも廃止されており、残骸だけを衛星写真で見ることができます。ここは本線から水平な待避線を引き出す日本式の通過可能型スイッチバックの付いたループ線でした。
    https://drive.google.com/open?id=1MmPCipaNSrH4g3sGIz5CSQWAveE&usp=sharing

    スィッチバック付のループ線は上記の4カ所だけだと思います。

    いずれ本篇でも取り上げます。今後とも当ブログ「ループ線マニア」をよろしくお願いします。

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    1. 大変詳しいご回答ありがとうございました.
      今後とも更新を楽しみにしております.

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