- 越えられなかった国境
今回はパキスタンとアフガニスタンの国境を走るカイバル峠のループ線をご紹介します。
カイバル峠はヨーロッパと南アジアを結ぶ通過点としてたびたび歴史に登場します。
そんな歴史のある峠道に鉄道を引いたのは植民地時代のイギリスでした。20世紀初頭に英領インドとアフガニスタン間を結ぶべくカイバル峠鉄道の建設に取り掛かっています。当時アフガニスタンはロシアと取り合った末にイギリスの保護国となっており、パキスタンはまだ英領インド帝国の一部でした。
とりあえず英領インド帝国側で先に工事が進み、1926年にペシャワールから国境の町トルクハムのランディカーナ駅まで完成しました。
国境を越えてアフガニスタンのカブールまたはジャララバードまで鉄道が通じていたかのように書いている資料もありますが、調べてみたところどうやら「アフガニスタン側に列車が走ったことはない」のが正解のようです。
ジャララバードまでのアフガニスタン側の工事もだいぶ進んでいたらしく、Google航空写真で線路跡らしいものが道路脇にちらほら映っています。本当に線路を敷く寸前まで完成していたようですが、結局線路がつながることはありませんでした。現在は未完成線路の跡の大部分がアジアハイウェイ1号線という高速道路になっています。
- 世界一危険なループ線
一つは1676mmゲージの超広軌ループ線であること。
もともと広軌(ブロードゲージ)はカーブに弱く、山岳路線には不向きなため、世界中見ても広軌のループ線はここと1668mmゲージのスペイン2か所と1520mmゲージのロシア1ヵ所でしか見られません。その中でも最も広いゲージのループ線です。(※訂正 スリランカのループ線も1676mmゲージでした。また、一般的にゲージの広さとカーブの大小は直接関係なく、カーブに弱いとの表現は不正確でした。O-銛様ご指摘ありがとうございます。2016/3/12追記)
もう一つは外務省の危険情報レベル4「退避勧告区域」内にあるループ線であること。
この一帯には古来パシュトゥン人というイスラム教徒の遊牧民が住んでいましたが、イギリスが適当に国境を引いたのが原因で、居住地域が英領インドとアフガニスタンの二つの国に分かれてしまいました。
第二次大戦後、英領インドが独立してパキスタンができた際に、パシュトゥン人居住地域を分離独立する動きもありましたが、結局パキスタン政府が大幅な自治権を認める代わりにパキスタン領に留まっています。
このような経緯から、現在でもパキスタン憲法に「パキスタン議会はこの地域に立法権限が及ばない」と明記してあるというから恐ろしいです。パキスタンの法律はここでは通用しませんよと言っているわけですので、ほとんど実態は独立国ですね。現在では連邦直轄部族地域(トライバルエリア)と呼ばれています。なお、政府が認めた自治権の中に「カイバル峠鉄道にタダで乗る権利」というものもあったそうです。
それだけならパシュトゥン人の自治独立国家みたいなもんなので、おとなしくしていれば旅行者に危害が及ぶことはなかったようですが、2000年代に入り政情不安定になったアフガニスタンから、パシュトゥン人が主体のタリバンの面々がこの地域に逃げ込んできて一気にきな臭くなりました。
おかげでこの地域にはイスラム過激派の巣窟という有難くないニックネームが付いてしまい、日本人の渡航禁止と退避勧告が出てその状態が現在まで続いています。
- スィッチバック付きループ線か、ループ線付きスィッチバックか
そんな行くに行けないカイバル峠の鉄道ですが、スィッチバック2回を組み合わせた3段ループという、相当大規模で珍しい線形になっており、ループ線マニアとしては見逃せません。
地図で見るとクェスチョンマークが3つ並んでいるように見えます。どちらかというとスィッチバックの方に目が行ってしまいますが、第2スィッチバックの手前で自分自身と交差しており、当ブログでの分類上は立派なループ線です。
ここは全長約10kmで400mの高度差を稼ぐ40‰勾配で、世界でも有数の急勾配路線です。第1スィッチバックと第2スィッチバックは地図上では近接していますが、100m近い高低差があります。
カイバル峠鉄道はこの急勾配を列車の両端に機関車を繋げるプッシュプル運転で越えていました。スィッチバックによる逆転時間を短縮するためでしょう。広軌は山岳鉄道に不向き、と書きましたが、機関車を大型にできる分単純な勾配には強かったようですね。
- この地に再び汽笛の響かんことを
第1スィッチバック 手前の坂は逸走防止の安全側線 |
残念ながら2008年ごろの洪水で鉄橋が流失して現在も運休中です。この地域は基本的に少雨なのですが、上流の山岳地帯で降った雨がすぐ鉄砲水となって洪水を起こすのでしょう。
しかも前述のとおり、パキスタン国内であってパキスタン国内でないところを走る路線ですのでパキスタン国鉄も思うように復旧工事ができないようです。
既に列車が走らなくなって10年になろうとしていますが、雄大なループとスィッチバックを越えて再び列車が走れることを願うばかりです。
次回は大規模ループ線シリーズの最終回、台湾の阿里山鉄道をご紹介します。
本ブログ上でドイツ語表記のカイバル峠鉄道の路線図を掲載されていますが、もしドイツ語の鉄道路線図の書籍からの転記であれば、書籍情報を教えて頂けると助かります。
返信削除すいません。匿名でコメントしてしまったので、改めてコメントさせて頂きます。本ブログ上でドイツ語表記のカイバル峠鉄道の路線図を掲載されていますが、もしドイツ語の鉄道路線図の書籍からの転記であれば、書籍情報を教えて頂けると助かります。
返信削除このコメントは投稿者によって削除されました。
返信削除
返信削除norizo様
このブログを読んでいただいてありがとうございます。
このドイツ語の路線図は書籍ではなく、ドイツ語のブログのページから借用したものです。
以下にURLを記入します。
https://intertourist.de/1993/09/28/die-dampfloks-kehren-zum-khyber-pass-zurueck/
カイバル峠の鉄道は非常に魅力的ですが、残念ながら再開の見込みは立っていないようですね。
今後ともよろしくお願いします。
このコメントは投稿者によって削除されました。
返信削除早速返信頂き、有難う御座います。此方こそ沢山の世界の珍しい鉄道情報を御提供頂き、有難う御座います。どうやってこれ程広範な鉄道情報を得られているのか、いつもその博識振りに圧倒されております。
返信削除路線地図の情報源についても教えて頂き、有難う御座います。ドイツ語のブログも情報源と出来る等、本当に羨ましい限りです。しかし、このドイツの方のブログも写真を見る限り凄いですね。てっきりScwheers+Wallの様な素晴らしい鉄道路線図の書籍がドイツには他にあるのかと早合点したので、伺った次第です。
今、Paul Therouxの「古きアフガニスタンの思い出」と言う本を読んでおり、その中の「チッタゴンへの道」と言う章で、このカイバル峠鉄道が登場したので、ちょっと調べたくなり、Spiralist700様のサイトが大変参考になりました。「チッタゴンへの道」はまだ途中迄しか読んでいないのですが、パキスタンのJamrudからバングラデシュのChittagongへの鉄道紀行の様です。因みに数年前に読んだ同じPaul Therouxの有名な「鉄道大バザール」にもカイバル峠鉄道が登場していた様に思います。カイバル峠鉄道は、仰る通り非常に魅力的ですが、非常に危険な地域にあるため、私にとっては最初から本やインターネットでのみ楽しむ鉄道ですね。呵々。
海外の鉄道乗車経験は少ないですが、Spiralist700様のサイトに登場するスイスやサルデーニャ、臺灣のループ線には過去に幾つか乗車した事があるので、大変参考になります。臺灣の阿里山森林鐵路に乗った2017年はまだ奮起湖迄の運行だったのですが、到頭今年7月1日に全線復旧する様ですね。是非ともまた乗ってみたいものです。眠月線(塔山線)の復旧は先ず無理でしょうが、此の路線を歩いて辿った日本の方もいらっしゃる様で驚きです。
以上、ダラダラと書いてすいませんでした。