2016/01/26

欧州④ゴッタルド・バーン ループ線の帝王、見参


  • 生まれた時からループ線の帝王

今回は超有名なループ線群、スイス国鉄ゴッタルド・バーンをご紹介します。

ゴッタルドバーンは横長のスイスの国のほぼ中央部、イタリアにはみ出した部分に向かって南北に結ぶアルプス山脈横断路線です。スイスの東側4分の3はドイツ語圏で、ゴッタルドバーンもドイツ語です。直訳するとゴッタルド鉄道ですが、日本語でいうと「ゴッタルド線」に近いニュアンスだと思います。ちなみにゴッタルドバーン(Gotthard Bahn)で検索すると「マッターホルンゴッタルド鉄道」というメーターゲージの私鉄もひっかかってきますが、両者は別物です。

世界史の苦手だった私にはとても調べきれませんが、どうやらアルプスの南北を結ぶのは12世紀の神聖ローマ帝国時代からの悲願のようなものだったようです。実際にゴッタルド峠にトンネルを掘ってヨーロッパ南北を鉄道で直結しようとしたのは、19世紀後半のドイツとイタリアでした。この当時ドイツは現在のポーランドまで領土があった帝政ドイツ、イタリアは領土拡大に命をかける統一イタリア王国、フランスはフランス革命から続いた政体の変遷がやっと落ち着いた第三共和政の初期です。こう書くとものすごい昔のような感覚になりますね。

1871年から工事が始まったゴッタルド鉄道は、イタリアとドイツが出資して作った民間企業体でした。神聖ローマ帝国のDNAを受け継いだ帝政ドイツがイタリアを目指したのもむべなるかな、というところです。

さて、ゴッタルドバーンは1882年に開通したのち、1916年に複線化、1920年に電化されています。文献をあさっていると電化については専用の水力発電所を作ったとか、スパーク防止のために最初は低電圧で走らせたとかいろいろエピソードが出てきますが、複線化についてはほんの一行触れてある程度です。

どうやらゴッタルドバーンは開業当初から複線化を見越して、複線路盤で作ってあったようです。グーグルの空中写真を目を皿のようにして見ても、付け替えられた旧線が見当たりません。これは恐るべき先見性ですね。曲がりなりにも現代でも通用するスペックを19世紀の開通当初から備えていたということになります。


  • 機能美は美しい

ゴッタルドバーンはゴッタルドトンネルを頂点に両側にループ線を備えた典型的な拝み勾配の双子ループの形状ですが、北側のループをNorth Ramp(Nordrampe独)、南側のループをSouth Ramp(Südrampe独)と独特の名称で呼んでいます。どちらも非常に印象的な線形をしています。

North Rampはヴァッセン駅の手前から始まり、ループと長いダブルヘアピンになっています。South Rampはゴッタルドトンネルの南口にあるアイロロ駅からイタリアに向かっての下り勾配を二組4つのループで下っていきます。

特に一番イタリア側のビアシーナループ(Biaschina Loop)は、二つのループが一体となった二重螺旋構造のきれいな眼鏡型になっています。標高も稼ぎながら前進もするという極めて合理的な線形です。勾配は全線にわたって25‰です。

ビアシーナループの前面展望のビデオがYouTubeにありました。 →こちら 思った以上に高低差を稼いでいる様子が分かりますね。 2016/7/20 追記

左がNorth Ramp、右がSouth Ramp


  • 世界一じゃなくなっても

NorthRamp ヴァッセン周辺
ゴッタルドバーンループ線群はいろいろな点で世界トップレベルです。

歴史の古さ(1882年開通)、短時間に多数のループ線を通過するループ線密集度(アルトゴルタウArth-Goldau~ベリンゾーナBellinzona間1時間30分でループ線5カ所ダブルヘアピン1カ所を通過)、一日の旅客列車通過本数(40往復80本)、ループ線が複線軌道(山岳用のループ線では2016年現在ここと同じスイスのレッチュベルグ線のループ線だけ。なお、先日ご紹介したサヴォナループも複線路盤で建設されていますが、今のところ単線運用です)などはおそらく世界一だと思います。まさに帝王の風格です。

SouthRampビアシーナループ。定番アングルのようです。
そんなループ線の帝王ですが、青函トンネルを抜いて全長57kmの世界最長鉄道トンネル、ゴッタルドベーストンネルでループ線をバイパスする工事が進行中です。

もうすでに建設工事は終わり、現在試運転中で2016年8月から旅客列車が走り出すそうです。やはり帝王といえども双子ループ、長大トンネルには弱かったということですね。(※竣工したのは2016年6月で旅客列車の営業は2016年12月からになったようです。2016/6/2追記)

帝王からの陥落もすでにカウントダウンの段階に入っていますが、新トンネル開業後もゴッタルドバーンのループ線群は廃止されず、ローカル輸送用として生き残ることが決定しています。

ただし、特急はすべて新トンネル経由になり、単線化されるとのことですので、先にあげたいろいろなトップの座を他のループ線に譲ることになりそうです。まあ、廃止されないだけ良かったということでしょうか。当面ゴッタルドバーンループ線群に列車が走り続けると分かって一安心です。





なお、私の調べた限りでは、旅客列車の通過本数世界一の座は北陸線の鳩原ループが獲得することになりそうです。上り線だけの片方向、定期の旅客列車だけで一日60本が通過する鳩原ループは世界的にはモンスターループ線なんですね。

次回はアフリカの大規模ループをご紹介します。

2016/01/09

欧州③アヴラモーヴォ ナローゲージの生活ループ線


  • のどかな高原鉄道の実態は・・・

今回はブルガリア国鉄セプテンブリ・ドブリニーシュテ線のアヴラモーヴォ・ループをご紹介します。

ブルガリア南部、バルカン半島のほぼ中央のムサラ山のふもとの高原地帯を行くセプテンブリ・ドブリニーシュテ線は非電化の760mmゲージ路線で、セプテンブリからドブリニーシュテに向けて1921年から順次延伸していき、1945年に今の形になりました。125kmを約5時間かけて走るのどかな高原のローカル線です。

建設年代から見ておよそ見当がつくとおり、もともと軍事目的で「森を利用する」ために計画・建設された路線です。当方ブルガリア語はまるで分かりませんが、Google翻訳にぶち込むとそう出てきます。軍用の木材を調達するために、という意味でしょうか。直接の軍事輸送に使うのにナローゲージではちょっと心もとないです。

このムサラ山はバルカン半島の最高峰です。南麓東側はギリシャ領トラキアからエーゲ海に流れるメスタ川(ギリシャ名ネストス川)水域、南麓西側はギリシャトルコ国境を流れるマリーツァ川水域です。両者の分水域を超えるセプテンブリ・ドブリニーシュテ線は、のどかな見た目とは裏腹に、標高差1000mを走る本格的な山岳路線でもあります。ちなみにムサラ山の北、首都ソフィア側はドナウ川の水域です。


  • ナローゲージと侮るなかれ
アヴラモーヴォループは起点セプテンブリから60kmのスヴェタペトカ駅から始まります。セプテンブリの標高は200m、スヴェタペトカの標高は800m登った1000mです。ここまでもかなりな勾配です。甲府から野辺山まで中央本線小海線で行くとちょうど距離60km、標高差800mぐらいですのであんな感じの上りが続くのでしょう。

そこから線内最高点のアヴラモーヴォ駅までのループ線は全長10km、標高差230m、最急勾配30‰と本格的です。


760mmゲージは軽便鉄道と日本語に訳された影響で、どちらかというと簡易な乗り物という印象を受けますが、ここはそんな間違った概念を軽く吹き飛ばしてくれます。巨大なダブルヘアピンの途中でループを二つ持つ世界でも有数の大規模なループ線です。

機関車がDD54に似ています

冬のアヴラモーヴォ駅の交換風景。右側通行なんですね。
ナローゲージの鉄道は手軽に敷設できる反面、その線路規格の低さが災いしてモータリゼーションの波に飲まれて公共輸送機関から脱落するケースが世界中で見られますが、ここでは立派にローカル輸送の一翼を担っているようです。

旅客列車はH28年1月現在一日4往復8本あり(この他にループ線まで行かないセプテンブリ~ベニングラード間の区間列車が1往復あり)、ナローゲージとは思えない立派なディーゼル機関車が客車を4~5両引いて走っています。貨物列車も少数ですが走っているようです。また、団体で予約すると蒸気機関車牽引のチャーター列車を走らせてくれるというサービスもあります。これはなかなか魅力的ですね。

  • もうひとつの世界トップレベル

緑色の蒸気機関車のチャーター列車
セプテンブリ・ドブリニーシュテ線はアヴラモーヴォを頂点にその先西側は下り坂になりますが、下り側にも2連のループ線(スモレーヴォ・ループ)があります。

こちらはアヴラモーヴォループとは対照的に極めて小規模なもので、特に下側のループは760mmゲージの小回りを生かした半径80m全長600m弱の非常に小さいループ線です。

これはおそらく世界最小規模クラスだと思います。最大クラスと最小クラスを一度に体験できてお得感がありますね。

ブルガリアと言えばコマーシャルの影響でヨーグルトしか思いつかない人が多いと思いますが、このセプテンブリ・ドブリニーシュテ線は鉄道ファンには様々な面でとても魅力的です。

動画がみつかりました。スモレヴォの上側ループです。 →こちら(ただし激重です)。

ただ、あまりの知名度の低さに、この路線に乗られた日本の鉄道ファンの方は極めて少ないのが残念です。(かろうじて現地在住の日本人の方の乗車記をみつけました →こちら






次回は有名どころでスイス・ゴッタルド線をご紹介します。

2016/01/06

中国⑥宝成線その2 大規模ループの筆頭

  • 宝成線と言えば
今回は宝成線の起点、宝鶏を出て約1時間あまりで到達する観音山ループをご紹介します。実は宝成線のループ線と言えば、前回の馬角壩ループよりも観音山ループの方が圧倒的にメジャーです。

これは下流側の橋。手前の機関車はおそらく補機。
観音山とはこれはまたえらい日本人にもなじみやすい名前が付いていますが、その実態は全長17km、標高差400mにもなる超大規模ループ線、狭い谷を這うように登る中国国鉄きっての難所です。最急勾配は中国では珍しい33‰です。

中国国鉄はよほどこのループ線で急勾配に懲りたのでしょうか、これ以降に作られたループ線はいずれも最急勾配を20‰以下、可能な限り16‰以下で建設しています。そのため後発のループ線に比べると全長は短めですが、標高差は今でもトップクラスです。

  • 豪腕で地形に挑む

ループ線の形状も実にダイナミックで、腕力で地形をねじ伏せるという感じです。宝鶏側からまずは小さなダブルヘアピンで軽く準備運動のあと、ループ付の大きなダブルヘアピンで標高を稼ぎます。名前を付けるならクアッドヘアピンでしょうか。

宝鶏から清姜河(チンジャンホー)という川の左岸を登って行きますが、最初の小さなダブルヘアピンの手前で右岸に渡り、標高を稼いで再度左岸に渡って大きなダブルヘアピンに取り付きます。切り立った谷の両岸を目一杯使った線形は凄いとしか言いようがありません。

以前のエントリで成昆線の両河口・韓都路ループをご紹介しましたが、それもこの観音山ループが技術的な下敷きになって建設されたのはおそらく間違いないと思います。谷底の川沿いからダブルヘアピンで標高を稼ぎ、ループ線を使って尾根に取り付いて、長大トンネルの坑口に至るというパターンに共通するところがあります。

このループの頂上にある秦嶺トンネルを境に水域が黄河から長江に移りますが、長江側(成都側)は比較的広い谷の続く嘉陵江に沿った緩い下り坂となります。峠の黄河側(宝鶏側)は急勾配、長江側(成都側)は緩勾配という片勾配になっているのも特徴です。

ループ線の途中には観音山(グァンインシャン)と青石崖(チンシーヤ)という二つの駅がありますが、いずれも集落とはまるで関係ない場所に鉄道の都合だけで作られた駅です。特に青石崖駅はどう見ても駅から鉄道用地外に出る道がありません。かなり強烈な秘境駅ですが、立派な駅舎が作られているようです。

宝成線の北半分には普通列車が一往復だけ残っていますが、この両駅ではすでに客扱いをしていないようです。仮に客扱いしていたとしても乗降客がいるとは到底思えません。

  • 開業以来単線を貫ぬく不思議

中国の鉄道は線路改良を躊躇しません。言い換えれば、除却損を出すことを恐れません。事実、前回紹介した馬角壩ループ周辺の線路は開通後10年も使わないで付け替えています。ところが、この観音山ループは電化こそしましたが、急勾配の続く線路を単線のまま40年使い続けています。これはちょっと不思議です。

陽平関から安康経由で西安へ迂回するルートがあるからでしょうか。正確な理由は分かりませんが、いつ新線が開通して廃止とはいかないまでも幹線の座から落ちないかと心配になります。

列車の往来は旅客列車約18往復36本、貨物列車約15往復30本です。単線ですのでおそらくこれで線路容量一杯なのでしょう。馬角壩ループを通る旅客列車は数本を除いて観音山ループも通過しますが、両ループ間の移動におよそ9時間から10時間かかりますので、どちらかが夜になってしまう列車がほとんどです。確実に両方のループ線を昼間に通過したいならば中間のどこかで一泊必要です。

なお、宝鶏から観音山ループまで1時間ほどですが、宝鶏を出ると最低2時間半は停まらない列車ばかりですので、宝鶏の列車の待ち時間にちょっと見て戻ってくるのは無理そうです。



ここからしばらく「大規模なループ線」をテーマにご紹介して行きたいと思います。
次回はヨーロッパ南部、ブルガリアのループ線をご紹介します。