- あくまで脇役だったループ線
ノルウェーでは首都オスロから十字に幹線鉄道が走っています。そのうち西へ向かうのがベルゲン鉄道です。フロム鉄道はベルゲン鉄道の途中のミュルダール駅から分岐してソグネフィヨルドのそばのフロム駅までを結んでいます。
ノルウェー語のFlåmsbana,Bergensbanaをそのまま和訳してフロム鉄道、ベルゲン鉄道としている旅行ガイド等があって、私鉄の路線のように思えますが、どちらもノルウェー国鉄の一路線です。フロム線、ベルゲン線と書いた方がニュアンス的には実態に近いと思うのですが、公式ページ(→こちら)もフロム鉄道となっているので、当ブログの表記はそれに従っています。ゴッタルドバーンでもそうでしたが、このゲルマン語系のバーンという単語は和訳する時に混乱しやすいですね。
ミュルダールとベルゲンの間は標高1230mのフィンセ峠があります |
もともとフィヨルドが発達したノルウェー海岸部は大量輸送と言えば船舶による水運でした。フロム線はソグネフィヨルドの沿岸とオスロを結ぶという観点でルート選定されており、特にフロムの町に何かがあったわけではありません。極論すれば目的地はフロムでなくてもよかったということになります。
フロムの町は現在でも人口350人で、鉄道の開通によって港湾が劇的に発展した形跡もありません。その成り立ちから言って、フロム鉄道はあくまでベルゲン鉄道と水運の補助役でした。
ミュルダール駅の遠景。左奥の傾いたトンネルがフロム鉄道です。 写真はオスロ行の特急列車。こちらからお借りしました |
1945年には電化が完成し、電気機関車の牽引に置きかえられます。鉄道は観光需要を掘り起こし、1970年代までは輸送量は右肩上がりだったそうです。
ところが1980年代に入ると観光需要が頭打ちになります。フェリーと接続してフィヨルド沿岸の町への郵便や日用品の物流に使用されていた貨物輸送も徐々に整備された道路輸送に置き換えられて行き、フロム鉄道は経営的にピンチを迎えます。ちょうど電気機関車などの車両が更新時期にさしかかっていたのも大きな負担でした。
この時ノルウェー国鉄はフロム鉄道を観光資源としてPR強化することで乗り切りました。同時にそれまで全国一律だった鉄道料金に割増運賃を設定したのも大きかったようです。現在では年間70万人の観光客を運ぶノルウェーの国家的観光スポットになっています。
- 氷河地形に真っ向勝負で挑む
特にU字谷の最奥部にあたるミュルダール駅近辺は四方が切り立った崖にへばりつくルートで、高度を稼ぐために相当苦心した様子がうかがえます。
もともと鉄道が苦手とする氷河地形のU字谷に、正面から挑んだなんともアツい鉄道です。最終的には通常の粘着鉄道となりましたが、当然ラック式も検討したようです。トンネルはほとんど手掘りだそうです。
ループ線の構造も思い切り特殊で、狭い土地にヘアピンターンを5ヶ所無理にはめ込むために、やむなく線路を交差した感じになっています。乗っているだけではループ線と気が付きにくい線形かもしれません。
勾配は上にも書いた通り55‰、曲線半径は130m、高低差はこの区間だけで100mです。最高速度は上りミュルダール行き40km/h、下りフロム行き30km/hで、時刻表をよく見ると下り列車の方が上り列車よりも少しずつ所要時間が長くなっています。
フロム鉄道は世界最高緯度、つまり世界最北のループ線でもあります。
アラスカ鉄道ザ・ループの方が北にあるイメージが個人的にありましたが、調べてみるとぎりぎりフロム鉄道の方が北でした(アラスカ鉄道ザ・ループ:北緯60度39分35秒、フロム鉄道:北緯60度44分36秒)。
北緯60度を超える地域では鉄道路線自体が希少ですが、その中でもループ線の存在はひときわ目立ちます。ちなみにシベリア鉄道の本線は最北部でも北緯58度で、北緯60度を超えるところは走っていません。
- 値段なりの価値があればそれでいい
現在フロム鉄道は夏季は日中ほぼ毎時1本ずつ1日10往復、冬季は1日4往復の列車が運行されています。以前はオスロから直通の夜行列車が走っていましたが、現在はすべてミュルダール・フロム間の線内往復列車です。
料金はミュルダール・フロム間20km約1時間で片道360クローネ=4800円、往復480クローネ=6300円とかなり割高です。というかこれは世界的に見ても相当高い鉄道運賃だと思います。
ヴァトナハルセン駅。駅に隣接してホテルがあります。 |
一般鉄道のループ線としては世界最高の運賃設定だと思います。ちょっと調べきれませんでしたが、観光鉄道を含めてもおそらく世界最高額ではないでしょうか。フィヨルド観光用にバスやフェリーとセットになった周遊券も発売されていますが、日本円で30,000円近い価格設定となっており、正直得なのかどうか判断しづらいです。少なくとも安くはないです。
それでもフロム鉄道はノルウェー観光のド定番コースとなっていて、日本人の旅行記もWEB上に多数見つかりますが、値段が高いという指摘はほとんどありません。現時点で不満が出ていないということは値段なりの価値は認められているということでしょう。
ノルウェーの鉄道路線はフロム鉄道に限らず、海と森と山のコントラストの中を走る風光明媚な路線が多く、一度ゆっくり訪れてみたいところです。
次回は韓国のループ線をご紹介します。